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月 下 抱 擁

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月下抱擁




昔からそうだった。
月日がたっても、早々変わるものじゃない。


普段、身体の全てを使い大暴れする静雄は、一旦緊張の糸が切れると深い眠りにつく。
玄関口にてうつ伏せで倒れる姿は、まるで白線が引かれた死体の如し有様だ。
どうやら今宵は布団までたどり着けない程、心身ともに疲弊していたらしい。
無用心にドアの鍵もかけず、半開きの扉から室内に入った訪問者が靴の先で頭をこついても、ピクリと反応しない。

訪問者――
幽は、嘆息を交えながらも起こそうと声をかけたが、静雄は身じろぎする事無く惰眠を貪っている。
どうして、こんなにも酷い状態を無防備に晒している? 
想定できる答えが多くありすぎて、幽は結論を先送りにした。
「ノミ蟲が……」
静雄が寝言で呟かれた相手に、思わず幽の眉根がしかめられた。
兄の心に深く食い込んでいる人間は、数が限られている。
その相手は、時に優しくしてくれる他人だったり、数少ない理解者だったり。
特に静雄の本能を刺激し、絡んでくる人間がいる。ただし、最悪な方向で。
「兄貴、まだあの人と喧嘩してるんだね。夢のなかでも」

折原臨也。
彼は静雄が高校生の頃からの縁で、こびりついた黒い染みの様な存在だった。
静雄の心を逆なでする事ばかりをして、彼本来が持つ優しい心を憤怒で満たそうとする。
本来、人間同士の距離を縮めるのに必要な、許容。共感。慈しみは皆無のまま。
静雄の本質を理解はしても、唆し、蹂躙し、散々荒らして立ち去るだけ。
臨也から与えられるモノは、常に災厄をもたらす。
今も、こうして魘されながら忌々しい名を何度も紡いている。
それが、幽には我慢できなかった。

「起きて」
うつぶせていた静雄の身体を反転させ頭を持ち上げ、肩を覆うように抱きしめる。
大きな背中に広がる闇の暗さに引き釣りこまれないように。
月明かりを眠っている顔にあてると、静雄は眉を顰めてぐずる様な唸り声をあげた。
力を込めて、再度囁く。
「起きてよ、兄貴」
「幽か?」
おぼろげな意識の中、静雄は手探りで幽の存在を確認する。子が親を探す様に。
男の割には華奢な肩。人より少し低い体温。触れる掌の優しさは、まさしく幽のものだ。
静雄の薄く開いた瞳が柔らかく笑みを作り身体の力を抜くと、安堵の息をこぼした。
「こんな所で寝ていたら風邪ひく」
「あぁ……うん」
まだ寝ぼけている静雄を、ベッドまで連れて行き布団をかけて寝かしつける。
すぐに規則正しい寝息が聞こえ、表情が穏やかな事を察するに、質の良い夢を見ている様子だ。
魘され、また同じ名前を呟けば、何度でも起こしてやる。
そんな想いを胸に秘めて、静雄のシャツにしわが入る強さで再び抱き寄せる。
薄闇の奥にある更なる闇に苛立ちを感じつつも、強い意思を乗せて虚空を睨みつける。
月明かりだけが照らされた部屋で、幽は一人誰に聞かせる事なく呟いた。

「兄貴はそっちに行かせないよ」

昔からそうだった。
月日がたっても、早々変わるものじゃない。

人に触れるのを躊躇う、寂しくもあたたかな掌。
この手だけは、絶対に離さない。離したくもない。


【fin】


作品名:月 下 抱 擁 作家名:榊原泉