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暗かった夜

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ロシアちゃん! ロシアちゃーん!
「姉さん、どうしたの?」
 ………………兄さん。
「えっ、ベラルーシ?」
 ごめんね、お姉ちゃん、もう一緒にいられないみたい。
 さよなら、兄さん。
「な、何言ってるの? じょ、冗談だよね? ねぇ、姉さん、ベラルーシ!」
 ごめんね、ごめんね。
 ……ごめんなさい。
「待ってよ、置いていかないでよ! もう、もう独りにしないでぇぇえ!」

「――はっ、はっ、はっ……」
 ベッドから飛び起きた僕は、顔に張り付いた気持ちの悪い汗を拭った。
「もう、何で今日見るかなぁ、こんな夢……」
 せっかくの誕生日なのに。
 僕はため息をついた。

 少し前に崩壊した、ソ連という国は、僕の夢の結晶だった。
 その国が壊れたという事実以上に僕を傷つけたのは、離れたりはしないだろうと思った僕の姉妹が、いなくなってしまったこと。
 苦しかった。辛かった。他の何よりも。
 お姉ちゃんと叫んだ。ベラルーシと泣いた。それでも、二人は振り返ることなく去っていった。
 その半月後の何回目かも分からない誕生日を、僕は涙で迎えた。
 その傷は今も癒えていないようだ。

 今、ベラルーシはまた僕の傍にいたいとすり寄ってきている。
 けれど、それは僕が強いから。僕の傍にいた方がいいと、ベラルーシの国民たちが思っているから。
 だからこそ、怖くて怖くて仕方がない。
 僕よりもベラルーシの方が強くなってしまえば。そうでなくても、僕と一緒にいることで受けられるメリットがなくなってしまえば。簡単に手のひらを返され、またさよならと言われてしまうだろう。
 もう傷つきたくないという思いで、僕はベラルーシを避け続けた。この頃は少しずつ彼女に寄っているけど、やっぱり恐怖は押さえられない。
「…………」
 首を振って、嫌な思いを断ち切ろうとした。しかし、それは逆効果だったようだ。
「…………!」
 光も、音も、空気さえもがなくなったかのような感覚に、僕は突然落とされた。
 どうしようもない暗闇に閉じこめられた気がする。
 見えるはず。聞こえるはず。息だって、してるはず。
 その“はず”が、僕を更なる恐怖の思考に陥れる。
「いや、やだよ……。やだよぉ……」
 幾筋もの涙が頬を伝った。大きな体を縮め、膝を突いて自身を抱きしめる。
 そうでもしないと、自分さえ見失ってしまいそうだった。
「もういや……もう……」
 そんな発狂しそうな苦しさの中に、一筋の光が射し込んだ。
 ロシアの冬の世界を照らす日光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。

 僕は立ち上がってカーテンを開けた。
 窓の向こうには、ほんのりと赤い光で照らされた、白銀の世界が広がっている。
「――きれい」
 思わず声が出た。
 この景色が、このロシアが、何よりもすばらしい誕生日プレゼントだった。
作品名:暗かった夜 作家名:風歌