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紅茶はいかが?

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初めて見るであろう想像を超えた光景に、相手が呆然としているのがわかった。
(だからやめておいたほうがいいと言ったんですが…)
ここはJR新宿駅、山手線の内回りホーム。ウィークデイのAM8:00。
ギネスにも認定された世界一の乗降者数を誇る新宿駅の混雑最ピーク時間である。先ほどから1分おきかそれ以上にやってくる電車はどれも超満員、にも関わらずそれをものともせずおびただしい数の人が電車の中に吸い込まれていく。

「…みんなどこにいくんだ。」
「仕事場か、学校でしょうか。」
「…事故でもあったのか。」
「いつもどおりです。」
「なんでこんなに電車が来るんだ。」
「通常運転です。」
「なんでみんな一列に並んでるんだ。」
「…国民性です。」

悪名高き(?)日本の満員電車が見てみたい、とイギリスが突然言い出したのは昨日のこと。見ても面白くないですよと説得したのだが、せっかく日本に来たのだからこの目で確かめたいというのだ。

「べ、べつにお前のことがもっと知りたいとかそういうわけじゃないんだからな!」

最初は言葉通りに受け取っていた日本だが、最近やっと彼の物言いは天邪鬼であるらしいとわかってきた。とするとこれは「日本のことがもっとよく知りたいです」ということで、それは素直に嬉しかったのでつい連れて来てしまったのだが…
「これでも昔よりだいぶよくなったんですよ?」
とせめてものフォローを入れるが、相手はさらに絶望的な顔になった。
「これより酷かったのか…!」
恐ろしいものを見るような目で銀色のボディに黄緑色のラインが入った車両を見つめた。

とまぁこんな様子だったので、「よし、じゃあ乗ってみるか」とイギリスがのたまった時はさすがに耳を疑った。
「…え…乗るん、ですか」
「だって見ているだけじゃ来た意味がないじゃないか」
事も無げに言い放つ。今度はこちらが絶望的な顔をする番だった。
(これくらいの積極性がないと国際社会ではやっていけないんでしょうか…)
意を決して、立錐の余地もないどころかねずみ一匹入り込むことも出来ないような電車に乗り込んだ。

これほど人が乗っているのに、車内は咳払いをするのもためらわれるほど静かだった。
どちらかといえば小さいほうの自分は人の中に埋もれてしまうが、イギリスはさすがに頭ひとつ飛びぬけている。乗り込んだ瞬間からお互いの体はいまだかつてない程の密着度だったが、この身長差のおかげで気まずいことにならずに済む。少しでも離れようとするがこう混雑していてはそれもかなわない。イギリスの胸に顔をうずめるような格好になってしまい、申し訳なさと恥ずかしさで思わず身を硬くする。

そのときふと、この場には不似合いな良い香りが日本の鼻腔をかすめた。
すっきりとしていて上品な、華やかではないが地味でもない…軽やかな、かすかな香り。
香りの元は何だろうと探して、すぐに気づく。
(もしかして…イギリスさんの香水の匂い…)
そうとわかった瞬間、自分の意思とは無関係に鼓動が脈を打ち始めた。
(な、何を意識しているんでしょう私は!)
何か違うことを考えなければと慌てて頭をめぐらすと、そういえばと気づく。普段よりは混んでいないような気がするのだ。いつもだったら呼吸をするのも苦しいくらい圧迫されているのに、今日は少し余裕があるような…
とそこでまた思い当たった事実に、日本の心臓は今度こそ大きな音を立てて鳴りはじめた。
(…守ってくれているんだ…)
人の重みがこちらにかからないよう、イギリスが自分の体を盾にしてくれているのだ。
もはや心臓の音は隠しきれないほど激しくなっていた。この密着具合では洋服越しでも伝わってしまうかもと真下からそっと顔を見上げるが、幸いなことに当の本人は人生初の満員電車でそれどころではないようだった。
何を不謹慎な、と慌てて自分の思考を正す。守られて喜ぶなんてどうかしている。それに彼は別に自分が特別だから守ってくれているわけではない。きっと彼の国では自分よりも小さいものを守ったりするのは普通のことなのだ。そう思うとほんの少しだけ胸が痛んだけれど、おかげでなんとか落ち着きを取り戻すことができた。
満員電車は次の大きなターミナル駅にたどり着き、人の波に押されるようにして電車を降りた。

「…噂には聞いてたが…すごかったな。」
たった10分程度の乗車でイギリスがぐったりと疲れきったようにつぶやく。それを見て苦笑しながら日本は返した。
「ありがとうございました。」
「え?」
「守ってくださっていたでしょう?」
「!」
イギリスが絶句したのも気づかず、日本は続ける。
「殿方に守ってもらうのも情けない話ですが、でも…」
と言い掛けて、ふと見たイギリスの表情がみるみる赤くなっていくのに気づいた。

「か、勘違いするなよ!お前のことが大事だとか、大切だからとか、そんなんじゃないんだからな!」
(え…?)
真っ赤になって否定するイギリスをまじまじと見てしまう。この言葉に限っては、その意味どおり受け取ったほうが良いのか。それとも。
(いつもの天邪鬼なほうと、思ってもいいんでしょうか…)
さすがにそれは自分に都合が良すぎるような、いやでも…と思わず考え込んでしまった日本に、イギリスの手が伸びる。
「でも…さ」
そのつややかな黒髪をひとすじすくって、さらりと落とす。
「お前、雑に扱ったら壊れてしまいそうで…」
突然触れられたやさしい手に、せっかくおさまったはずの日本の心臓はまた激しく動き出した。

あぁもう、他の人だったらこうはならないのに。
あなたといると私は一人で大忙しです。

心の中でつぶやくと、自然と笑みが口の端にのぼる。忙しいのなんて好きではないはずなのに、少しもいやな気持ちがしないのはどうしてなのだろう。さっき感じた胸の痛みなどどこかに消えてしまっていた。
「せっかくここまで来たのにこのまま帰るのはもったいないですね。」
「え?」
きょとんとした顔のイギリスの手をとって、続ける。
「近くに美味しい紅茶を入れてくれるお店があるんです。すこし休んでいきませんか?」
そのままイギリスの手を引いて、日本は混雑の収まる気配のない改札へ向かう。そのさりげなく握られた手に、イギリスが小さく動揺したことなど知る由もなく。






作品名:紅茶はいかが? 作家名:オハル