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臆 病 な ラ イ オ ン の 声 1

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池袋から外れた、高田馬場にある小さな映画館。
上映タイルは、大きな映画館ではけして上映しないであろう、収益が大きく見込めない作品が扱われている。

そこに足しげく通う長身の男。
実際には、新作が封切られた先週の土曜日から、頻繁に顔を出すようになった。
いつもポップコーンとコーラを手に持ち、誰もいない映画館で一人きりスクリーンを独占していた。エンディングテロップが流れてもけして席を立つ事無く、ただひたすら一本を映画を飽きる事無く視聴している。
映写機を回していた老人は、男の後姿を高い位置でずっと彼の姿を見続けてきた。
金髪で上背があるから、座っていても目立つ。しかも劇場は貸切状態なのだ。
三日も通いつめれば、顔を覚えるのは必然と言えば必然だった。
今日も一人しか客のいない映画館で、訪れた彼の為に映写機を回す。

そんな毎日が二週間ほど続いたある日。
映画館に通いつめていた男が、上映後、狭いロビーでタバコの煙を燻らせていた。
老人は好奇心で男の隣に座り、声を掛けてみることにした。
上映されているポスターを指差して、にっこりと微笑みながら尋ねる問いは、確認と同じだった。
「この映画は好きかい?」
老人の問いに、男は少し困ったような表情を浮かべた。
目線を上に泳がせてうーんと暫し唸っていたが、考えがまとまったのか明朗な声で問いに答える。
「すげえB級映画っすね。特にタイトルがやばいです」
「ははは。その分、味わいのある映画じゃないか」
デビュー作なのか、老人は主役の名前を知らない。
それだけじゃない。衣装も陳腐で、セットも安普請が画面から伝わってくる。
低予算で作られた典型的な特撮映画だ。
だが、低予算の映画には時々、作り手の情熱が迸る奇作が生まれる。
男が通いつめている映画は、子供向けの特撮映画にしては、いささか癖がありすぎていた。
「味わいですか……言いえて妙すっね」
呟く男の唇に薄い笑みがこぼれる。
まるで自分が褒められているかの様に、柔らかく嬉しそうだった。
「主役の俳優さんは将来大物になると思うよ」
自分の言葉に老人は頷き、ポスターの主役の名を口ずさむ。
「B級映画ばかり仕事で流している私が言うのも何だが、彼の演技には一切の迷いが無いんだ。役になりきっている。こんな感情移入しずらい役柄に、彼は心から敬愛し、尊敬しているだろう。そんな役者は伸びるよ」
男は老人の言葉に耳を傾け、吸っていたタバコの火を消し、進んで老人に缶ジュースを奢る。
感情を表に出さないようにしているつもりなのだろうが、機嫌がいいのは誰の目から見ても明らかだった。
「難しい事はわからんですが、俺はこの俳優が活躍するのをもっと見たいです」
今はまだ、一本のB級映画でしかお目にかかれませんけどね。と、男は苦笑する。
老人は男がこの映画に対してどれだけ情熱を持っているか、二週間で存分に知っている。
ポップコーンとコーラを手にして、スクリーンを見る男の背中は、常に真っ直ぐだった。
「君の様なファンがいるから俳優は更に輝けるんだよ。活躍が見たければこれからも応援しなくちゃいけないね」
「はい。俺みたいな人間が一日一回、二千円のチケットを買う位の応援ですけど、元はしっかりとれてますよ」
「それは良かった。君の為に明日も映画館をあけておくとしよう」
男は仕事があるからと席を立ち、老人と別れる。
映画館から出た時、雑多とした町並みをやわらかな霧雨が滲ませていた。
曇空を仰ぎながら男は大きく背中を逸らして、映画で固まった姿勢の疲れを解す。
コンビニで肉まんとペットボトルの茶を買い、食べ歩きしつつ駅のホームを目指す。

穏やかな、穏やかな日常。静かに生きていたい。
その理想が、少しだけ現実になりつつある。
男にとって安らぎの様に思える、ささやかな幸せ。
「明日も仕事の前に見にいくかぁー」
池袋に戻る電車に揺られながら、車窓に広がるネオンをぼんやりと見つめて男は一人呟いた。
「なぁ、幽。俺はお前の演技。結構好きだぜ」
兄の欲目でなく「俳優 羽島 幽平」のファンとして、素直に浮んだ感嘆の言葉。
今のバイトが続いて金銭に余裕が出たら、弟の為に何かプレゼントをしてやりたい。
そんな思いに包まれていると、気分がとても穏やかになれた。
平和島静雄は明日の夢を見ながら、池袋へと戻る。

歩きなれた喧騒ある混沌とした町へ。





臆 病 な ラ イ オ ン の 声 1