読めないひと
会場の一部のセットは壊れてしまったものの、結局決闘大会は予定通り開催され、まるで年に一度の祭りのように大会の最中は人が溢れていた。
遊戯は順調に勝ち進み、この試合に勝てば準決勝に臨めると言うところまで来た。十代と遊星はその決闘の様子を、少し離れたビルの屋上から観戦している。
何度か遊戯の決闘を見て、遊星は思うのだ――この人は、やはりすごい。すごい決闘者なのだと。
卓越した戦略と、デッキの構成。恐らくは天性のものであろう、引きの強さ。――そして彼は自分のデッキに、まるで唯一無二の朋友のような全幅の信頼を預けていることが良く分かる。
ただの信頼ではない。恐らく幾度も幾度も、目の前を立ちふさがる巨大な障害を共に越えてきた、何よりも強い絆なのではないかと。先刻ような重大な責任を伴う決闘で、あの竦むような圧迫感と殺気の中に居ながら決闘を楽しみ、笑みと自身を崩さず凛と立っていられるのか、遊星には正直不思議でならなかったのだ――今ならわかる、それを成すことのできる、彼の強さの片鱗が。
「遊星?おーい、遊星」
「…っ、」
不意に視界を栗色の眸と髪が覆う。今まで釘づけになったように遊戯の決闘を見ていた十代の顔が、遊星のすぐ近くにあった。
「何だよどうした?腹でも減ったのか?」
「あ、いえ…」
虚を突かれてぱちぱち、と瞬きを繰り返すと、十代はふうん、と首を傾げながら遊星から少し離れた。――とは言っても、その深い栗色は未だに真っ直ぐ遊星の眸を見つめている。心を読まれるような鋭い眼差しに、心臓がどくりと高鳴った。
正直、この遊城十代と言う男を、遊星は掴み切れていない。
温和な性格ながら強い意志を持った普段の遊戯と、凛としていて王のような風格を纏うもう一人の遊戯。二人とは違い、この遊城十代は性格も、考えも遊星にはまるで読みとれない。
言うなれば幾つもの”顔”を持っているようなのだ。クロウのように人懐っこく、龍亜のように無邪気かと思えばジャックのような瞳で敵を威圧し、そのくせアキのそれに似た優しい笑みを浮かべることすらある。――不思議な人だった。
「…遊星」
その不思議な人が、不意に遊星に手を伸ばしてきた。決闘者の重い手が、重い重責を背負ってきたであろう掌が、遊星の頭を子供にするようにわしゃわしゃと撫でる。
「…っ、何を、」
「――決闘ってさ、楽しいよな」何を思ってか、脈絡もなく彼は言う。
「――…」
どう答えればよいかわからない遊星に十代は目を細めて、さらに続けた。
「決闘をしていればさ、まだ会ったことのない、まだ見たことのない色んな奴らや景色に会える。決闘をしている時の一分一秒、全部が初めて見る世界だ。そうだろう?」
はっと遊星は顔を上げた。彼は柔らかく微笑んでいる――いつか見た、父のような、瞳で。
「だから俺たちも、お前も――決闘をやめられないんだ。それを忘れなかったら、お前はどんな壁だって越えていけるさ」
遊星の髪を梳く指は細いのに、とても力強い。その感触が心地よくて、遊星は戸惑うように「はい、」と答えるのが精一杯だった。