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手錠の効能 ギル菊

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浴衣の裾が捲れるのも気にせず、菊は布団に座った俺を跨ぎ、膝立ちになった。そのまま視線を逸らさず、唇を重ねてくる。
 珍しく積極的な様子が嬉しくにやりと笑い、あらわになった菊の内腿にそろりと触れると、ぴくりと反応した。相変わらずの感度の良さが楽しくてならず、首筋に唇を寄せながら両手で腰からわき腹を撫で上げてやる。
 かしゃん!
 軽い金属音が響く。手元を見下ろすと、両手に黒光りする輪が嵌まっていた。…いわゆる手錠、というやつだ。
「…おい…何だこれは」
「手錠です」
 見下ろす菊はいつもの無表情で、真面目くさって頷いてみせる。
「そりゃあ見て分かる。何でそんなもん持ってんだ」
「漫画用の資料です。ほら、丁度今回、警察もの描いたじゃないですか、その時…」
 そんなことを聞きたいんじゃない。つらつらと要らない説明を始めた菊を遮り、根気よく聞いてやる。
「それはいい。じゃ、何で俺が繋がれてんだ?」
「今日こそはギルベルト君に下になってもらおうと思って」
「…はぁ?」
 意味が分からない。よく悪役くさいといわれる顰め面を向けてやると、突然テンションを上げた菊が拳を握り締めて熱弁した。
「何度言ってもさせてくれないじゃないですか!そのうちだのまた今度だの、それは私の専売特許でしょう!私だってたまにはつっこみたいんですよっ」
 ぐい、と肩を押される。さすがに手が使えないとバランスが取れず、あえなく布団に転がった。
「今日のところは観念して、大人しくつっこまれてください。優しくしますから」
 蛍光灯の明かりをバックに見下ろす菊は、いつにない良い笑顔でにっこりと笑ってみせた。

********************

 …正直なところ、非常に焦っていた。これまで適当にあしらってきた付けが回ったか、手錠をかけられた上にマウントポジションである。今度ばかりは年貢の納め時かもしれない。
 だが、それを顔に出したら本当におしまいだ。余裕ぶった態度を崩さず、打開策を探るしかない。
「…今すぐ外せば、許してやる。外せ」
「外したらさせてくれます?」
 小首を傾げて菊が言う。爺のくせに、こういう仕草が言うなれば「清楚で可愛い」。男に対する形容じゃありません、と機嫌が悪くなるから口には出さないが。
 そんな仕草だけでなく実際に楚々とした菊が、だんだんと乱れていく様は何物にも換え難いのだ。…つまり、ことあるごとに主張してくる立場の交換を却下し続けてきた理由は、受けに回るのが嫌というより、乱してやりたいからお断り、という方が近い。
「却下だ」
「ではお断りします」
 会話で気を引き付けつつ、こっそり手錠の様子を確かめる。嵌められたときにも感じたが、どうも音が軽い。音だけでなく、重さもほとんど感じない。黒光りする外見に騙されたが、これは、ちゃちな偽物だ。
「…後悔すんぞ?」
 にやりと笑ってやると、わずかに怯んだ様子を見せたが、首を振って服を脱がしにかかってきた。
「舌先三寸で騙そうったって無駄ですからね。そろそろ観念してください」
「そーかそーか、よーく分かった」
 手錠に繋がれた両手を菊の眼前に掲げる。そのまま、ふん、と力を入れると、左右の手錠を繋ぐ鎖の部分が、ぶち!とたやすく引きちぎられた。
 ひい!と、喉の奥から悲鳴を漏らし、青い顔で菊が叫ぶ。
「こっ、この馬鹿力!手錠引きちぎるとかどんだけですかっ、ありえません!」
 見せ付けるようにひらひらと手を動かし、笑顔のままで凄んでやると、怯えた様子を見せるのが実に楽しい。前の大戦中なら、どんな不利な状況でも怯むどころか捨て身でかかっていくような気概があったのに、長い平和ですっかり甘々である。
 腹筋だけで起き上がってやれば、膝立ちで跨ったまま身を引こうとした菊は、簡単に姿勢を崩して仰向けにひっくり返った。
「うわぁ!」
 楽しすぎて、うっかりけせせと笑い声を上げてしまう。…こんな甘ちゃんに喘がされてやるなんて、やっぱり許容し難い。
「こんなおもちゃで拘束したつもりってーのが片腹痛え。…後悔させてやっから、覚悟しろよ?」
「ぜ、善処しますまた今度!」
 往生際悪く身を捩って逃げようとする菊だが、浴衣の帯を掴めばあっさりと引き戻される。
「逃がす訳ねーだろ。お前こそいい加減観念しやがれ!」
作品名:手錠の効能 ギル菊 作家名:雨蛙屋