ギルが嘔吐する話(仮)
悪の泥で生き永らえている神父は、同じものに呑まれながら染まらず己を保ち続けた王を薄く笑った。
「ふ、……っ!」
ギルガメッシュは己が口に拳ごと捩じ込まんとする右腕を掴み、必死で引き抜こうとする。が、下賤の者がやることと力仕事を厭っていたギルガメッシュの腕力では、綺礼の一回り以上逞しい腕はびくともしなかった。またがっちり体を抱き込まれているため、いくら暴れようと、腕の中から逃れられない。やめろ、殺されたいのか。ただ射殺さんばかりの視線を向けることのみが彼に出来る唯一の抵抗だった。――もっとも、歪な魂を持つ神父は、それを受けて寧ろ笑みを深めていたが。
言峰の人指し指と中指は、歯列をなぞり舌を辿り、口内の奥へ奥へと侵攻してゆく。「ぐっ……」ギルガメッシュは噛み千切るつもりで侵入物に犬歯を食い込ませていたが、その質量はあまりにも大きい。息苦しさから逃れるためには、逆に口をめいいっぱい開くより他は無かった。
咽頭を無遠慮に撫で回す硬い指先。かの英雄王の咽頭は狭く温かい。彼らしくなく、まるで生娘の膣のようにいじましい。それは流石に言わなかったが、膣を犯されることと口内を犯されることは似ているのか。鬼もかくやな迫力で睨み付けてくるその顔には、瑞々しい恥辱が――彼の言葉を借りるなら褥で花を散らされる処女のような、そんな風情があった。
そうして指先がある部分に触れた時、突如、喉が軽く締まった。それと共に赤い双眸が一気に潤む。生理的な涙。
「……っ!」
元来の鮮やかさが増すような憤怒の色から、戸惑いの色へと変わる。それを確認して、言峰は一気に指を引き抜いた。
その瞬間、英雄王の口から吐瀉物が噴出した。黄褐色のそれは、逆流した勢いのままに口外に放出される。それからギルガメッシュはもう二三度咳き込むように吐き、最後に透明な胃液を吐き出した。これで胃の中は空になったようだ。胃酸と未消化の内容物による、つんとした悪臭が鼻をつく。カソックや床への被害も甚大だ。言峰は嘔吐嗜好者ではないので、目の前の惨状に眉をひそめた。
だがそれ以上に、屈辱感の余り顔を伏せ耳や首まで真っ赤にしている男の姿が、愉快でならなかった。
「苦しめたのならすまなかった……お前では満たされないが、なに、手慰みにな」
そう告げてやれば白いシャツに包まれた肩がにわかに震え始める。彼が発する殺気で心なしか肌がピリピリと痛む。しかし言峰の胸に恐れは生まれなかった。それどころか、少し感動していた。言った通り手慰みであったが、大した成果だ。伏せられた顔にはどんな表情が刻まれているのだろうか? 恐らく普段の高慢で美しい微笑からは考えられないほど、怒りに醜く歪んだ表情だろう。しかしそれは常の微笑よりも、ずっと魅力的に違いない。
だからギルガメッシュが歪んだ面貌を晒すのを期待して待った。そして赤い瞳に見据えられても、言峰は声を上げて笑わずにいられる自信が無かった。
作品名:ギルが嘔吐する話(仮) 作家名:ひいらぎ