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ハニービターチョコレートハニー

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指針はシンプルだ、「足りない」ではなく「もっと」。
 そうすれば満足したと意識を止める日は永遠に訪れずに、先に進んで得られる結果が常に最高のものになる。アメリカの拠り所の中でも根拠もないと笑われがちなひとつを、けれど彼は目が醒めるたびに感じる。今日は昨日よりもきっといい日だ。小さかったころに誰も彼もが持っていたはずの予感を、笑うひとびとは捨ててきてしまったのみに過ぎない。
 もっとも隣のひとについて言えば、ことはもっと簡単だ。
 ふたりぶんの体重を今は音もなくゆったりと受け止めるマットレスの、たっぷり金をかけただけあって贅沢なやわらかさに目を細めるのと同時に、キングサイズはやり過ぎだったかな、とも思う。傍らでまるまっているイギリスがやけに小さく、遠く見えるのだ。小ささは兎も角、実際の距離は手を伸ばせば届くどころか指と指を絡めている、つまりほとんど零に等しいというのに。
 それでもアメリカはもうすこしだけ身体を近づけて、握る指に力を込めた。薄いまぶたがおもむろに持ち上げられ、欠伸で目尻を潤ませながらイギリスが口をとがらせる。
「あつい」
「うん」
「ああ、お前に言外の意は通じないんだった」
「だったら離れたくないって俺もはっきり言ったほうがいいかい?」
「……ったく、ほんとにお前はただのこどもだよ」
 言いながらもじっとしたままの腕を、だからアメリカは「そのこどもを育てきらなかったのは誰だい」だの「ならイギリスはそのこどもに手篭めにされたわけだよね」だのといったいつもの憎まれ口を敢えて飲み込んで引き寄せた。
 イギリスが身じろぎをして腕を伸ばそうとしたので、代わりにナイトテーブルの上に置かれたミネラルウォーターのボトルを取り、蓋を開けてやる。イギリスが上半身を起こしベッドボードに肩を寄せかけた。ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む。半分から三分の一にまで容量が減ったボトルを渡され、自分でも一口含んでからアメリカは蓋を閉めた。
 空いた手は勿論繋ぎ直す。そしてこちらに寄せられる肩。毛布に潜り込んだところで、小さな笑い声が聞こえた。
「かいがいしくなったな、お前」
「かいがいしい?」
「その気遣いを普段の仕事に生かせってことだ」
 むっとしてアメリカは声のトーンを上げた。
「それ、内政干渉って言うんだぞ」
「ガキ」
「本当のことじゃないか」
「ここで内政干渉ができたら苦労しないけどな」
 そのままくすくす笑いをしばらく続けていたイギリスが、やがて上を向いたままのアメリカに視線を一瞬飛ばしたのち、静かになった。すると部屋中をおそろしいほどの静けさが包んだ。結局はアメリカのほうが先に耐えられなくなり、伸ばした指ですっかり同じ温度になった手を包み込む。
「ごめん」
「あやまるなって。惨めになるだろ」
 すかさず返事があった。普段は虚勢を張りながら惨めな声を出すイギリスの、驚くほどやわらかい声で(たぶんアメリカしか知らない)。
「本気で内政干渉がしたいんなら、もっと上手くやるよ、俺は」
「……うん」
 今は内容のわりに責めているようにはまったく聞こえない台詞は、言うまでもなくアメリカに心を痛めさせた。
 加減を忘れたわけではない。アメリカが言葉に込めるべき力具合を知ったのは離れてからずっとあとだったものの、並んだイギリスが微笑んでくれる、眼を閉じてゆっくりした呼吸を繰り返す様を一番近くで眺められるようになったのはもっとあとで、それなのに言葉を荒らげてしまうのは、アメリカの中のイギリスがまだあのころの影をまとっているからだ。
 落とされる庇護者の影、守るべき者に対する慈しみの眼差し。
 懐かしがっているわけではないのに、今のアメリカにイギリスが慣れきっていることにうろたえてしまう。
「でも、俺がかいがいしいのは」
 片眉を持ち上げたイギリスは、先の話題をもう終わらせたつもりでいたのだろう、不興げな色を浮かべた。
「んだよ。ならあれはただのごますりだ。いつまでもマジになっているな、バカ」
「そうじゃなくてさ、俺はただ、まだすこし信じられないんだ」
 君がここにいること。
 汗が引いて冷たい感触を伝える肌。手を伸ばせば届く背中の長い古傷と昨日コピー用紙で作った新しい指先の傷。繰り返される、すこしだけ乱れた呼吸の気配。古い戸棚を開けたような湿ったようなにおい。
 求めても得られなかったころを思い出せば明らかに過分なそれらを側において、アメリカは満ち足りた心地を覚えながらも触れて求めずにはいられない。
 それはたぶん、まだアメリカの中にいる離れていきながら無謀にもイギリスを求めた自分のために。
 そしてまた、今はもう立ちはだかりはしない、権力や義務や過去や独善や偽悪や強がりや、彼自身を守るためにまとっていたしがらみ全て脱ぎ捨てた姿を預けてくれる、アメリカには毎日知らない顔を見せてくれる彼のために。
 ふたたび絡まりあった指を引き寄せ、爪先に次々にキスを落とすとイギリスがくすぐったがって声を立てた。しまいには息も切れ切れになって罵る言葉も、押しのける動作がなければ甘い繰言でしかない。
「殊勝なこと言いやがって。……ほんとうはただ単に、まだヤり足りないだけだろ」
「君はなんでこう、肝心なときに直截的過ぎるのかなあ」
「そうでないとお前に通じないだろ?それに、明日は予定を入れてないから」
 やがて交わされるキスの合間合間に溢れる吐息に、ふと自分の名前が混じったのをアメリカは聞いた。
「アメリカ」
「なんだい」
「俺は、埋め合わせなんかしてやらないんだからな」
 イギリスが不敵に笑う。
「今のお前が腹を空かせてるって言うから、今のお前に食わせるだけだ」
「……その表現もどうかと思うんだけど」
「お前にも分かりやすくレベルを下げてやったんじゃねえか」
 わざとらしく這わせれた指が上り、たどり着いた頬で輪郭をなぞり、唇をこじ開けられる。汗ばむ肌がシーツの皺を増やしてゆくのを背中で感じた。
「イギリス?」
「どうした」
「おなかがすいたよ」
「……ん」
 あとに残された言葉のない空間には、しかし沈黙は二度と訪れなかった。ふたり足を絡め合ったまま、汗を触媒にして肌の境界線を溶かしてぼやかせてやがて眠ってしまうまで。