僕らは現実にいる
普段意識しなくても耳に入ってくる生活音は鳴りを潜め、まるで帝国のすべての人が喪に服しているようだ。
横たえられている棺の前に何人も何人も途絶えることなく人が入れ替わりながら最後の言葉を贈っていく。
ああフレンはこんなにも慕われていたんだな、と今更実感して可笑しくなった。
フレンが亡くなった理由をボクは知らない。
噂は色々と飛び交っていたけれど所詮は噂、真実かどうかなんて怪しい。
ちらりと隣にいるユーリを見上げる。
ユーリはその事実を知っている。
きっとレイヴンも。
けど何も言わないから聞かない、・・・聞けない。
「お別れを言わなくてもいいのユーリ」
「・・・・・。いいんだよ、今は」
「そっか」
「ああ」
葬儀が始まってからユーリはじっと棺を見つめるだけで動こうとしない。
いつもなら取り繕って誤魔化して自身の内情を知らせないようにするくせに今日はそれがなくて。
棺を見る瞳は遠く、覇気がなく。
ユーリまでいなくなってしまいそうで、力無くだらりと下がっている手を握る。
「カロル?」
「泣いてもいいんだよ。大事な人がいなくなったんだもん。泣いてもいいと、思う」
お願いだから泣いてよユーリ。
泣いて現実を見て。
どこかに行ってしまわないで。
じわりと目頭が熱くなる。
ボクが泣いてどうするんだよ。
ふいにぎゅうと握っている手に力を込められた。
「なんで、だろな。泣きたいんだよ。頭の中ぐちゃぐちゃしてて、苦しくて泣きそうなんだ」
「・・・うん」
「でも涙が出てこねえ」
どうしてだろう。
泣きたいのなら泣けばいいのに。
泣きたいのに泣けないなんてことがあること初めて知った。
フレンの死はユーリにとって涙で流せないほどの悲しみなのか。
そんなの、すごく苦しいよ。
ぼたぼたと流れ落ちる滴。
これはきっと。
「今泣いてるのはボクじゃないよっ。ユーリの涙が泣けないユーリのかわりにボクの目から出てるんだ」
止めどなく流れるそれ。
止めなくてもいいと思う、今は。
繋がっていた手は離れ、ぽんと頭に大きな手のひら。
「ありがとな、カロル」
その手が今にもなくなりそうな気がして怖い。
ユーリが泣けないなら泣けるようになるまでボクが何度だってかわりに泣くから。
お願いユーリ、現実(ここ)を見て。
子供で、無力な自分に嫌になる。
再び握った手が握り返されることはなかった。