墓碑銘
ことがこと。相手が相手だけに、実に密やかな語り種であったのだが、フェルナーはまるで天気と変わらぬ扱いで、その話題を口にした。
その相手が軍務尚書であるというそのことだけでも、彼の豪胆さを示すひとつの事例となるだろう。しかし、それだけですむほど、この男には可愛げがない。
「閣下はご自分の墓碑銘に、何をお望みですか」
あの「疾風ウォルフ」すら嗚咽した事態も、彼にとっては寡黙な上官の唇を動かす材料でしかない。
怜悧な軍務尚書は視線だけを僅かに上げると、何を意図した質問か、感情の伺えない声で反問した。
「部下としての気使いです。
意に添わぬ墓碑銘は、つけられたくないでしょう?」
自分では消せませんしね。そう言って笑う男の瞳に、殊更戯れの色は浮かんでいなかった。
オーベルシュタインの手にあるのは、フェルナーが提出したばかりの、軍務尚書護衛強化に関する上申書。そして、その具体案である。
死んで欲しいのか、死なれては困るのか。問うたところでまともな答えは返ってこまい。両方だと言うのならば、まだ穏便な方だろう。
「―――死して他人に語り掛けたい言葉を、私は持たぬ。
想いは、ただ生者とのみ交わせばいい」
束ねられた書類はか細い悲鳴を上げ、ぱさりと広い机上にその身を散らす。
引き裂かれた紙片。そのひとつが、何処か舞にも似た動きによって取られた。
「次は、閣下の力に負けない厚さの上申書をお持ちします」
薄茶色の瞳の目前に突きつけられたのは、名と分断された「Ferner」の文字。その紙の向こう側で、懲りない男はえも言われぬ愉悦に目を細めていた。