キスマーク・シンドローム
首筋に感じた微かな痛みに眉をしかめて、さっきから人の首やら胸元に執拗に吸い付いてくる害虫、もといシズちゃんの髪の毛を力一杯引っ張った。
「いってえな!何しやがる!」
「それはこっちの台詞なんだけど」
サングラス越しに鬼の形相で睨みつけてきたシズちゃんに向かって、これみよがしに一つ大きな溜息をついた。
「見えるとこに痕付けないでって、いつも言ってるよね?」
どういう訳か、この男は俺にやたらキスマークを付けたがる。
脇腹や内股なんかの服で隠れる場所ならともかく、首や鎖骨辺りは隠すのが面倒だから本当にやめて欲しい。
この間うっかり波江に見られてしまったときのあの気まずさと言ったら。
あの女、何とも言えない生暖かい目をして「愛されてるのね」なんて宣った。
あのときのいたたまれない気持ちはデリカシーのかけらもないシズちゃんにはきっと一生理解出来ないだろうけど。
「ああ?知らねえよそんなこと」
やっぱりと言うか何と言うか、予想通り俺の発言を見事にぶった切ったシズちゃんは、俺の顎を強引に掴んで傾けさせると、耳の後ろにまるで噛み付くようにして吸い付いた。
「ぃっつ…!」
瞬間、ぴりっとした痛みに襲われて思わず顔が歪む。
そんな俺を見て笑うその顔が、それはもう憎らしいくらい満足そうで心の底から殺してやりたくなった。
ああもうどうしてシズちゃんってこんなにムカつくんだろう。
「最悪」
「うるせえな。俺は自分のもんに印付けてるだけだ」
マーキングって、それどんだけ動物的なの。流石シズちゃん。
そんな思いを込めた俺の視線にも気づかずに、シズちゃんは徐にサングラスを外して胸ポケットに仕舞い込む。
そしてゆっくり覆いかぶさってくると、鎖骨の上に唇を落としてきつく吸い上げた。
じわり。
薄い皮膚の下で血が滲むのを感じる。
また一つ増えた、俺が彼のものだという証。
「愛されてるのね」
ふと波江の台詞が頭を過ぎった。
馬鹿じゃないの。
彼も、…俺も。
「じゃあさ、シズちゃんは俺のものなんだから、俺だってシズちゃんに痕つけてもいいよね」
言うが早いか、返事を待たずに目の前のすらりとした首筋に噛り付いた。
そのまま頸動脈を噛み切ってやろうかと思ったりもしたけれど、この男がナイフも刺さらないようなデタラメな体の持ち主であることを思い出してそれは止めておいた。
そんなことをしたら逆に俺の歯が折れてしまう。
(しょうがないから殺すのはまた今度にしてあげる)
ぎゅっと目をつぶって、唇の下で静かに脈を打つシズちゃんの首筋を、彼が俺にそうしたように強く強く吸い上げた。
「これでお揃い」
そっと唇を離した後。
金色の髪、白いシャツ、黒いバーテン服の中に溶け込めずに滲む赤色を眺めながら、執拗にこの行為を繰り返す目の前の男の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
キスマーク・シンドローム
このまま一生消えなきゃいい、なんて。
作品名:キスマーク・シンドローム 作家名:実吉