サンタ襲来
クリスマスイブの夜。
神楽は万事屋の応接間兼居間のソファに腰かけ、テレビを見ていた。
万事屋の主である坂田銀時はいない。
夕飯を食べたあと、ふらりと万事屋から出ていった。
きっと今ごろ、どこかで飲んだくれているのだ。
二年まえと変わらないクリスマスイブである。
神楽はふわあと口を大きく開けてあくびをした。
夜も遅い時間になってきた。
そろそろ寝ようかと思う。
そのとき。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴らされる音が万事屋に響き渡った。
もしかして。
「銀ちゃん……?」
飲んだくれるのをやめて、帰ってきたのだろうか。
クリスマスケーキを買ってきてくれたりするのだろうか。
「イヤイヤ、それは、ないない」
神楽は自分の想像を自分で否定しながらソファから離れ、玄関のほうに向かう。
廊下を歩く足取りは軽い。
そして、土間へと降り、玄関の戸のほうへ行く。
戸のまえで立ち止まった。
鍵を開ける。
それから、ガラガラッと戸を引いた。
冬の冷たい夜気が入ってきた。
さらに。
「サンタさんだよ〜」
敷居の向こうに立っている者が、そう告げた。
神楽は眼を細めて相手を見る。
少しして。
無言のまま、神楽はピシャリと勢いよく戸を閉めた。
続けて、鍵をかけようとした。
だが。
「オイ、閉めるんじゃねーぞ、コラ」
戸は閉め切られていなくて、少し空いているところから手が差しこまれている。
その手は戸を押しもどそうとしている。
一方、神楽は完全に閉めてしまおうと力を入れて戸を引く。
「イテ、イテ、イテテ、閉めるんじゃねェって言ってんだろーが!」
戸の向こうから苦情が飛んできたが、神楽は無視して戸を閉めようとする。
しばらく万事屋の玄関の戸をめぐる攻防戦を続けていると、ふと。
「あっ、空から札束が降ってきた」
そんな声が聞こえてきた。
「本当アルか!? それは私のものアル!!」
神楽は戸を閉めようとするのをやめ、逆に戸を開けた。
敷居をまたぎ、大急ぎで外に出る。
「どこアルか? どこに、札束、落ちてるアルか?」
空から降ってきたという札束を探して、あちらこちらを見る。
しかし。
「……こんなウソくせーウソに見事に引っかかるとはなァ」
からかうような口調で言う声が近くでした。
神楽はその声のほうを向く。
そんな神楽に向かって、相手はニタァと笑って見せた。
沖田総悟だ。
またの名を、ソーゴ・ドS・オキタ三世。
神聖真選組の皇帝だ。
そして、神楽の天敵でもある。
神楽は顔に不機嫌さをはっきりとあらわした。
「なにしに来たアルか」
「だから、さっき言っただろ、サンタさんだってな」
「サンタには見えないアル。赤い服、着てないアル」
沖田はいつものように神聖真選組皇帝としての格好をしている。
もともと美形だったのが、二年経って鋭さと精悍さが増しているので、その派手な格好がよく似合っている。
なんてことを、神楽は口が裂けても言うつもりはない。
「帰るアル」
神楽は沖田の身体を強く押そうとした。
だが、それを沖田はかわした。
むっとして、神楽は続けて攻撃しようとした。
宇宙最強の戦闘民族であり、二年間修行してきたので、動きは非常に速い。
しかし、沖田はその神楽の動きを完全に読み切っている様子で、次から次へと高速で繰りだされる攻撃を、かわす。
ムカツク。
神楽の頭には血がのぼっていた。
ふと。
相手に当たらずに空を切った神楽の手が、沖田にとらえられた。
「あっ」
しまった、と神楽は思った。
逆に攻撃される!?
そう予想した。
けれども。
沖田は攻撃してこなかった。
攻撃せず、神楽の指、左手の薬指に、なにかをはめた。
それがなにか、見える。
銀色の指輪。
神楽は戸惑う。
ぼうぜんとして、動かずに、ただ眺める。
沖田はニヤッと笑った。
「今年から、俺がテメーのサンタだ。恋人がサンタクロースらしいからなァ」
綺麗な顔にタチの悪い笑みを浮かべて、さらに続ける。
「愛してるぜ、ハニー」
「……なにバカなこと言ってるアルか!!」
数秒後、我に返った神楽は怒鳴った。
「サンタでも恋人でもないアル!!!」
神楽は沖田にとらえられている左手を自分のほうに引く。
すると、沖田はあっさりと神楽の手を放した。
「プレゼントを渡したから、サンタの任務は完了だ」
余裕たっぷりな態度で、告げる。
「じゃあ、またな」
くるりと身体の向きを変えて、階段のほうへ歩いていく。
「またなんか無いアル! もう二度と来るなー!」
神楽は沖田の背中に向かって怒鳴った。
それから、見送っているようなのが腹立たしいので、家の中に入ることにした。
ピシャンと勢いよく戸を閉めた。この音が沖田に聞こえていたらいい。
神楽は土間から廊下へとあがり、ふと、左手の薬指にはめられている物のことを思い出した。
外そうと、右手を指輪のほうにやった。
しかし。
「……高そうだし、捨てるのはもったいないアル」
そうつぶやくと、右手をおろした。
ふたたび歩きだして、応接間兼居間にもどる。
さっきまで座っていたソファに、また、腰かけた。
テレビに眼をやる。
画面にはバラエティ番組が映しだされている。
それを見ながら、けれども、そのにぎやかな声は神楽の耳に入ってこない。
頭には沖田とのやりとりが浮かんでいて、そして、左手の薬指で主張する物があって、まったく集中できなかった。