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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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音のない部屋

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『解せん…』
  島左近は、上機嫌で自分の髪を撫でている伏犠を横目に見上げて思う。
 夜更けの寝所で野郎の膝枕に頭を預けている自分の姿に疑問を抱かないでもないが、散々啼かされた後では指一本動かすのも億劫で。
 ため息混じりに今はされるがままとなっている。
『術をかけてまで野郎を抱きたいもんかねぇ…』
 術をかけるぞ、と面と向かって宣言されたときには冗談かと思っていたが、冗談ではないとわかったときには既に遅かった。
 伏犠に対して特に好意を抱く、といったことはなかったため、かけられているのは心ではなく純粋に体に影響する術なのだろうが。
 当初はは術をかけるという行為を卑劣としか捕らえられなかったものの、回を重ねるごとにそれは呆れへと変わり、今は純粋に疑問へと変わっている。
 そもそも偶然同じ陣営に属した将というだけの間柄だった。
 たまたま酔った勢いで妙な雰囲気になり、唐突に左近を抱きたいと言い出した伏犠に流されて今に至り。
 この世界で女遊びはなかなか機がないとはいえ、術をかけてまで男を抱きたがる理由とは一体なんなのか。
「…どうした、左近。どこか痛むか?」
 不意に伏犠が声をかけてくる。
「誰のおかげだと思ってんですか」
「それはすまなんだ。思いの外具合が良くてのう」
 悪びれもせずに言い切る伏犠を殴りたいと思いはするものの、拳にも力が入らない。
『………あ、れ?』
 度々意識が飛ぶ程の行為の為、終わった後はそれこそ身動きも取れないが、翌朝には何事もなかったように目覚める事ができていた。
 何せ男に抱かれた経験など皆無の左近のこと、それが普通なのかと思っていたが。
『これほどの疲労が翌朝に回復するものか?』
 女が相手の場合、これほどまでに疲弊させれば翌日まで響くだろうに。
 ましてや。
 睨むように伏犠へと向けていた眸に浮かぶ疑問の色を悟られまいとして、左近は視線を床へと落とす。
 わざわざ術をかけて男を抱き、その疲労すら回復しているというのか。
『そういえば』
 連鎖的に心に引っかかっていた事も思い出す。
 あれほどの激しい行為を幕舎で行った事もある。陣営の誰かに感づかれていてもおかしくはない。
 だが、実際に態度が変わった者はいない。あるいは気を使ってくれているだけかもしれないが、それにしても自然すぎる。
 現に今この時でさえ部屋の外に人の気配はない。
 人の気配どころか、部屋の外から一切の音が聞こえていない事に気付く。
 結界、というものだろうか。
『手の込んだ事を……』
 術をかけるというのは、多大な労力を必要とすると聞き及ぶ。
 だが、この男にとっては朝飯前という事か。
 末恐ろしい相手だ、と左近は思う。
 それにしてもその術の使い方はいかがなものか。
 例えば、自分がそういった術を自在に扱えたとして、それを使う理由というのは一体何だ。
 そもそも、嫌がらせの類であれば、何も術など使わずとも良い。
 力ですら伏犠の方が上なのだ。力づくで事足りる。
 そこで敢えて術を使う理由、とは。
『………これは…』
 左近の背にじわりと汗が浮く。
 何故毎回術をかけるのか。
 問えばあっさり答えてくれるのかもしれないが、その答えは左近にとって聞かない方が良い答えの可能性が高い。
 伏犠は飽きもせずに満足げに左近の髪を撫でている。
 その口から好きだの何だのという言葉は聞いた事がない。
 それゆえ、これも単なる肉体のみの間柄と割り切る事もできていた。
『……多分、仙人と俺の感覚が違いすぎるのだろう』
 そう考えなければ、左近にとって恐ろしい結果に行き着きそうだった。
 ぼんやりと考えを巡らせているうちに、徐々に左近の瞼が重くなってくる。
 疲れているからだ、と自分に言い聞かせて左近は目を閉じる。
 男の膝枕で、髪を撫でられて、心地良い訳では断じてない、と。
 もしくは、これも何かの術なのだろうかと、きっとそうに違いないと念じながら、左近は眠りへと落ちていった。
作品名:音のない部屋 作家名:諸星JIN(旧:mo6)