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【腐向け】とある兄弟の長期休暇(後編)

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 ……気付いてくれ。
 気付いて欲しくないこと程気付く、変に聡いスペインに心の中でお願いする。自分の答えをどうか、読み取って欲しい。
 一度大きく瞼を下げ涙をしっかり落とすと、ロマーノはしっかりとスペインと視線を合わせ瞳を閉じた。それを見たスペインの手が、びくりと反応する。
 ほんの数秒が永遠に感じられた。
 暖かく包まれた頬が、少し上に向かされる。やがて降りてくる唇はかさついていて、彼も緊張していたのだと教えてくれた。
「……うん」
 キスされた直後、童話の王子様のキスのようにロマーノの体にかかった緊縛の魔法が解ける。溜息と共に漏れた返答に、スペインは吐息で笑ったようだった。
「大好きやで」
 頬の手を外され、またしっかりと抱き直される。錆び付いたような腕を動かし彼の背中に回すと、更にぎゅっと抱き締めてくれた。
「イタちゃんは結婚駄目~って言うてたけど、おいおい頑張って行こうな!」
「……そこ、頑張る所かよ」
 お互い緊張が解けてしまい、軽口に笑いあう。頬に触れる唇が首筋に移動し体を震わせたロマーノに、スペインは「今日はせーへんよ」と安心させるように背中を撫でた。
 心の中の不安や恐怖を読み取る鋭さは相変わらずで、そんな所にロマーノはいつも救われている。彼の優しさの中に改めて深い愛情を感じ、今度は喜びの涙が頬を伝った。
 必ず克服するからもう少しだけ待って欲しい。そう背中の服を掴めば、うんと優しい声が耳に伝わる。
「怖いかもしれへんけど、俺がついとるからな」
「……手、離すなよコノヤロー」
「約束やで!」
 額を合わせ、もう一度唇を重ねる。
 幸福が胸を染め上げ、その日は二人で抱き合ったまま眠ったのだった。

 次の日、ヴェネチアーノが日本に行くと言い出した。弟の気まぐれは良くある事で、あまり気にせず了解する。自分と一緒にバカンスに行くのだと煩かったのに、どういった心境の変化だろう。
 昨日多くの知り合いに会って、やっぱり友人と過ごす方が楽しいと思ったのか。それとも日本と何か約束をしたのか。
 日本はのんびりしている所なので羽を休めるには丁度いい。温泉が羨ましいとな思いつつ、ロマーノはそのままスペインに滞在することにした。
 優しく抱き締められる腕は過去と違う感情を切に伝え、その度に顔に熱が篭ってしまう。そんな自分をスペインは笑い、それに怒って頭突きする日々だった。
 存分に恋人とイチャつき、ロマーノは帰国する。次こそは先に進めるように頑張ろうと鼓舞しながら玄関をくぐると、家には誰も居なかった。
「ヴェネチアーノ?」
 そのままバカンスの日程が終了しても戻らない弟に、嫌な汗が流れる。念の為日本に電話してみれば、彼はまだそこに滞在しているようだった。
 慌てて身内が迷惑を掛けたと謝る。だが、日本はいえいえと可笑しそうな声を電話口に聞かせた。
「イタリア君はロマーノ君のことが本当にお好きなんですね」
「……そうか?」
 日本の言葉に首を傾げる。普段誰にでもハグをするような弟だから、兄でも特別だと思った事は無い。
 そう考え、ふと彼の算段に気付く。
 元々遠まわしに言う癖のある日本だが、今日の彼はそれに輪をかけた話し方をしている。たぶんヴェネチアーノが傍に居て聞いているのだ。そして、弟に気付かれないように謝るツボのサインを出してくれている。
 有り難い友人の心遣いに感謝し、ロマーノは「今すぐ迎えに行く」と言って電話を切った。
 どうやら弟は相当自分とのバカンスを楽しみにしていたらしい。そして、日本に来たのは恋人になった自分達を二人っきりにさせる為。
「勝手に気を遣ったくせにへそを曲げてんじゃねーよ」
 そう溜息は出るものの、お陰様で素晴らしいバカンスになったので感謝の言葉も無い。仕方なく弟の望みは全部受け入れようと腹を決め、ロマーノは日本の家に辿り着いた。
「兄ちゃんナポリ案内してね! あ、行くのは二人でだよ!」
「はいはい」
「後、映画も一緒に!」
「はーい」
「買い物もね!」
「……はいよ」
「わーい! 兄ちゃん大好き~」
「はは……」
 決意したものの山ほどの要求を飲まされ、今更後悔する。ようやく機嫌が直った弟に気付かれないよう溜息をこぼせば、強く腕を引かれ耳元で叫ばれた。
「お嫁には絶対行かせないからね!」
 どうやらスペインの「イタちゃんに結婚は許されなかった」という話は本当のようだ。にんまりと笑う弟の頭をぽこんと殴れば、「二人でイタリアなんだからねっ」と抱きつかれる。
 はてさて、どうやってこの弟から結婚の許可を取ろうか。
 結婚なんていう夢物語に結構乗り気な自分に苦笑し、ロマーノは憎めない弟に「そうだな」笑い返した。


END