君とおにぎり
青い空と白い雲 髪を揺らす少しばかりの涼風と
隣に座る君が手にしている 四角い箱と三角のそれ
「菊、早く食べたい・・・」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
君とおにぎり。
「おいしい・・・」
「ありがとうございます」
毎週水曜日のランチタイムは屋上で 手作りのお弁当を二人つつく
部会や委員会の活動で予定が合わないから 週に1日くらいは、と決めたこと
「ヘラクレスさん、お箸上手になりましたね」
「ありがと・・・」
菊がつくったものだから 菊と同じように食べたい
そう思って箸を使い始めたヘラクレス 今ではすっかり慣れたもの
「菊・・・」
「おにぎり、ですか?」
「うん、おにぎり・・・♪」
ヘラクレスは菊のつくるおにぎりが とてもとても大好きで
「中身・・・何かな?」
嬉しそうにおにぎりを食べる彼を 菊も嬉しそうに見ている
「・・・・・さけ!」
「えぇ、今日は鮭と・・・」
「言っちゃ、だめ・・・」
「・・・わかりました」
何でおにぎりが好きかって だって食べるまで中身がわからなくてわくわくするから
「これは・・・昆布?」
「正解です。今日は胡麻も混ぜてみました」
「おいしいね」
「よかったです」
自分のつくったお弁当をつまみながら 菊はニコリと微笑む
「菊は・・・」
「ん?」
「おにぎりの中身、知ってるんだよね・・・」
「つくっている人ですからね」
「じゃあ・・・わくわくしないね」
「まぁ・・・そうですね」
のんびりとしたいつもの口調 でも少しだけ唇を尖らせて
付き合い始めの頃はわからなかったけど 今はちゃんとわかる
これはヘラクレスが しょんぼりとしているときのサイン
「よしっ」
「?」
「俺、おにぎりつくる・・・」
「ヘラクレスさん?」
「だから・・・つくり方、教えて欲しい」
彼はとてもマイペース だけどとても恋人思い
その思いが嬉しくて 菊は心底幸せそうに微笑んだ
「・・・はい!」
「まず手を綺麗に洗って・・・」
日曜日 ヘラクレスは菊の家に来ていた
もちろん おにぎりをつくるために
「洗った・・・」
「そしたら塩をひとつまみとって、手にまぶしてください」
「・・・こう?」
「そうです。それでご飯を手の上にのせて・・・」
「うん・・・」
「こんな感じでにぎってください」
菊の真似をするようにして ヘラクレスは手の中の米をにぎり始める
「あまり強くにぎっちゃだめですよ」
「うん・・・こんな感じ?」
「えぇ、お上手です」
もうすでに出来上がっている菊のおにぎりの横に 初めてのおにぎりを並べるヘラクレス
綺麗な三角の菊に対して 何となくいびつではあるものの まずまずの出来
形は何の問題もない 問題なのはその大きさで
「・・・大きい、ですね」
「ホントだね」
「私のおにぎりの倍くらい、ありません?」
「俺・・・手、大きいから・・・」
そう言って差し出された掌に 菊は自分のそれを重ね合わせる
体格差を考えれば当然のこと 菊の指先はヘラクレスの第一関節止まり
「小さい・・・」
「私、子どもみたいですね」
そう言って菊は少し悔しそうに けれどとても楽しそうに笑った
それから二人でおにぎりをつくって それを昼食とした
お互いに 相手のつくったおにぎりが2つずつ
それと 菊がつくった卵焼きにマグロの煮付け あとは豆腐とワカメのみそ汁
「「いただきます」」
「今日は菊、中身知らないね」
「何のおにぎりか楽しみです」
菊が食べたおにぎりに入っていたのは 鮭とおかかだった
「おいしい・・・?」
「おいしいです、とっても」
「そう・・・よかった」
嬉しそうに微笑むヘラクレスに 菊の頬も自然と緩む
「「ごちそうさまでした」」
二人揃って手を合わせて御挨拶
「ヘラクレスさん、夕飯も食べていきますよね?」
「・・・うん」
返事をしたヘラクレスの視線の先には 洗い物をする菊の背中
今から軽く下ごしらえしますから ちょっと待っていてくださいね
菊のその言葉にわかったと返事をして ヘラクレスの頭の中ではとある考えが浮かび始めていた