越冬の為の記憶
それでもあれがくれるものはすぐに全部消えてなくなってしまう。光の寿命よりも短いが、それはきちんとあれが生きているというあかしでもあった。ローはそれがうれしくて、悲しい。旅立ちなどはローにとって必然である。あれが居る島をでるとき、ローは必ず甲板に立ち、冷たい山脈が沈黙を守りながら小さくなっていくのを眺めていた。ふと、何度このように白く染まった島を見送っただろうかと、指を折って数えてみる。濡れた指は太陽に照らされて、少しずつ温まり今度は別の季節できらめき始める。もう耳などは赤くなかった。
「寂しいのか?」
ローは問いかける。霜の降りる世界は美しいかと訪ねる。体は苦笑して首を振った。回帰願望は生き物の本能なのだよ。美しいのではなく、なつかしいのだ。だから嬉しくも悲しくも思うのだ。別に悲しくなどないさ、とローは言おうとして、やめた。あれはきっともう彼がいないことなど気にも止めていないけれど、再び彼と出会ったときには、また彼を振り向かせるために名前を呼ぶだろう。ローはまたきっとあれをこの甲板から思いだし、故郷の景色と重ね合わせるのだ。
「いつか、また」
ローは言った。もちろん全て誰にでも聞こえぬ声である。