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越冬の為の記憶

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 目に涙を貯めてしまうほどの眩しい白を覚えて過ごし続ける島を、幾度か越えたらローは気がつくことがあった。凍える土地にしか生まれることのできない植物の幽かな香りを吸い込むと、肺いっぱいになった水々しい緑はしずかに体に溶けていく。あれは凍った酸素の服を来て、何食わぬ顔をして夜になると美しい星座を飾るため白樺の森を登っていった。ローが出航する際にいつもあれは名前を読んで、両手一杯にすくった色のない光を手渡した。はい、さようなら。とあれは言う。南の生き物には聞こえぬ声である。
 
 それでもあれがくれるものはすぐに全部消えてなくなってしまう。光の寿命よりも短いが、それはきちんとあれが生きているというあかしでもあった。ローはそれがうれしくて、悲しい。旅立ちなどはローにとって必然である。あれが居る島をでるとき、ローは必ず甲板に立ち、冷たい山脈が沈黙を守りながら小さくなっていくのを眺めていた。ふと、何度このように白く染まった島を見送っただろうかと、指を折って数えてみる。濡れた指は太陽に照らされて、少しずつ温まり今度は別の季節できらめき始める。もう耳などは赤くなかった。
 
「寂しいのか?」
 
 ローは問いかける。霜の降りる世界は美しいかと訪ねる。体は苦笑して首を振った。回帰願望は生き物の本能なのだよ。美しいのではなく、なつかしいのだ。だから嬉しくも悲しくも思うのだ。別に悲しくなどないさ、とローは言おうとして、やめた。あれはきっともう彼がいないことなど気にも止めていないけれど、再び彼と出会ったときには、また彼を振り向かせるために名前を呼ぶだろう。ローはまたきっとあれをこの甲板から思いだし、故郷の景色と重ね合わせるのだ。
 
「いつか、また」
 
 ローは言った。もちろん全て誰にでも聞こえぬ声である。
作品名:越冬の為の記憶 作家名:ゴミクズ