チェンジリング - 1
それでも俺の見た目がまるで人間のようだから、愛してくれる者もある。
俺は、そういうものを守るために歯を食いしばるのだ。この世界から剥がれないように爪を立て、かじりつくように地べたを這いずり回る必要があるんだと、そう思っていた。
それが生きなくちゃいけない理由だと思っていた。
ひとつの学習机に三脚の椅子を寄せてトランプ遊びに興じていると、階下からガタン、ゴトッと石を床に落として転がすような音が聞こえてプレイヤー達を驚かせた。
今日も学校で元気に暴れたのだろう、眠い目を擦り、もう少しでギブアップしそうだったアルフレッドと、夜9時をまわっても元気いっぱいのマシューは、肩をびくりと強ばらせるとお互い顔を見合わせぎゅっと手を握った。
アーサーはカードをテーブルに置いて 見えぬ階下を見通すような遠い視線で部屋のドアを眺めていたが、耳をそばだて尋常でない物音がそれきり止まったことを確認すると、アルとマシューに向かって柔らかく微笑んだ。
「もう流石に眠いだろ。連絡帳は明日の朝書くからな」
「・・・もうおしまいなの?アーサー」
マシューが困ったように、首をこてんと傾けてアーサーに問う。
「ああ、勝負は明日に持ち越しだ。学校のあとでまたやろうな。マシューが4勝、アルが3勝、俺が1勝だ。忘れないでおけよ」
アーサーがおまじない、といって両手を広げると、アルとマシューは椅子から立ち上がり、アーサーの首に手をまわしてぎゅっと抱きしめるようにした。
「良い夢を、子供達。寝ても覚めても祝福がありますように」
アーサーはそう言いながら二人の体を抱きしめると、頬にそれぞれ軽くキスをした。
シングルサイズのベッドに二人で潜り込み、さっそく行儀良く目をつむるマシューと、ずりずりと自分好みの位置に枕を合わせるアルフレッドを振り返りながら見て、アーサーは薄く笑いながら電気を消した。もういちどおやすみと掠れるような小声でつぶやいて薄く扉を開け、外へ出て行く。
真っ暗な部屋の中、階段を下りてゆく足音を木材の軋む音と一緒に遠く聞きながら、二人は暗闇の中で目を開けていた。どちらともなく寄せ合ったアルフレッドの右手とマシューの左手がぎゅっと握り重なる。
マシューは、アルの耳に口元を寄せ、固い声でつぶやいた。
「アーサー、ないてないかな」
「あした・・・あした、いっぱい大好きっていおう」
アルフレッドは、瞳を閉じてそうつぶやくと、布団を目一杯引き上げて、つま先から頭のてっぺんまで、二人の体全部を覆うように被せて丸まった。
「うん・・・」
マシューは、頭まで被った布団で少し息苦しいと感じながらも、それをアルフレッドに言わなかった。 彼の気遣いが分かっていたからだ。
お母さんが帰ってきたら、アーサーが自分たちのために祈ってくれたお返しを耳と目を塞いでするくらいしか、二人に出来ることがなかった。ただただアーサーが痛みませんように、と心の中で繰り返し神様にお願いし続けていた。
作品名:チェンジリング - 1 作家名:速水湯子