観月宴
「さすが人界一のタラシじゃのう。よし、今度の宴には女カを連れていくぞ」
「遠慮しときますよ。口説いたら最後。氷の微笑を浮かべながら誅されそうだ」
「あれはあれでかわいいところもあるんじゃがな」
「そんなこと言えるのは伏犠さんぐらいのもんですよ。…かわいいってんなら、かぐやさんの方ならまだわかりますがね?」
「かぐやは駄目じゃ。あやつに悪い虫をつけたと知れればわしが誅されてしまうわ」
「人を悪い虫みたいに言わないでくださいよ。俺としてもかぐやさんは今よりももっと大人になってからの方が口説き甲斐があるってもんです。ありゃあ将来美人になる」
「残念だったのう…かぐやが大人になる頃にはお主ら誰も生きてはおらんぞ?」
「ほんっと残念ですよ…いっそ、大人になったかぐやさんにここに来てもらうってのは、どうです?」
「無茶を言うでない。時を遡るのは世の理すら覆しかねん行為じゃ。そうおいそれとは使えんわ」
「時を操るってのは、そんなに大変なことなんです?」
「そうじゃな。本来時の流れとは人の宿命よ。時の流れを変えるとは、人の宿命を変えることになる。じゃが人の宿命を変えてしまえば、それは巡り巡って世界の理まで変えてしまうことになる」
「…あんなにたおやかな見た目の割に、物凄いお人なんですな」
「仙界広しといえどもあれほどの時を操れるものはかぐやしかおらん。…まあ、代わりに他の能力はからっきしでのう。危なっかしくて見ておれんわ」
「そういや女カさんもあの太公望さんも、かぐやさんと話すときだけはお顔が優しい。…かぐやさんが持ってるのは、時を操る力だけじゃないと思いますがね」
「…じゃろう?わしにとっても可愛い娘のようなものじゃ」
「どおりで防御が固いわけだ。こりゃ、かぐやさんが大人になるまで長生きできても口説くのは無理みたいだね。…防御が固いといえば…伏犠さん。あの素戔嗚ってお人、ありゃあどちらさんなんで?」
「素戔嗚に会うたのか?」
「ええ。伏犠さんと合流するちょいと前に。やたら強いナタさんって人も一緒でしたよ」
「ナタも来ておるのか…。ああ、素戔嗚は仙界軍の長にあたる。人界で言えばいわば…大将軍、だったか?そのようなものじゃ」
「ってそりゃ、とんでもなくド偉ぇ方じゃないんですかい?」
「そうでもないわ。あの戦馬鹿以外に軍を率いたがるような物好きがおらんかっただけじゃな」
「…仙界って平和なところじゃないんです?何で軍が必要なんです」
「…お主、仙界の構造は知っておるか?」
「確か…中央に崑崙山があって、仙人たちは崑崙山の上の方に住んでいるとか、聞いたような…」
「よく知っておるのう。その崑崙山の麓には海が広がっておってな。…崑崙山の下層とその下の海は、妖魔の棲み家じゃ」
「へえ…」
「妖魔共は放っておくと人界に害をなしたりするでのう。仙界軍の主な役目はそやつらの仕置じゃな」
「ああ、じゃあこの世界にいる妖魔軍ってのは…」
「遠呂智が仙界から連れだした妖魔共じゃ。此度の件は、何から何まで仙界の不始末の結果よ。巻き込んでしもうたことについては申し訳ないと思っとる」
「…ま、お陰様で普通じゃ考えられねえようなお人とこうして酒を飲めるんですがね?…ついでにもう一つ聞いても?」
「おう、なんじゃ?」
「…ぶっちゃけた話、この世界、あとどのぐらい持つんです?」
「……」
「………」
「…ちぃと、喋りすぎたか」
「…期待通りの反応をどうも。…けど、さすがにこれはきついな…」
「他言は」
「しませんよ。こんな話知れたら妖蛇討滅どころじゃない」
「…持って半年。早ければ残り数ヶ月、というところじゃ」
「時間もない、か…」
「相手がお主じゃと失念しとったわ。…何故わかった」
「確証はなかったんですがね。伏犠さんが色々話してくれたお陰で得心がいった」
「ほう」
「時間を操るのが世界の理に影響するってんなら、時空を超えて俺たちがここに集められてる時点で、この世界は相当に歪だ。その上この世界を制御するべき遠呂智は俺たちが倒しちまった。…城も国も、歪な土台の上に立ってりゃ長続きはしない。ましてや、それを制御する人が不在ときた日には。世界だって、そうじゃないんですか?」
「…」
「だから仙界側も焦って軍を送り込んできた。違いますか」
「流石はわしの見込んだ英雄、か。当たっとるわ」
「…バレないとでも思ってたんですか?」
「余計な不安を煽るわけには行くまい」
「…俺はそんなに信用できませんか、伏犠さん」
「いや?じゃが、これはあくまで仙界側の問題。これ以上人を巻き込む訳にはいかん」
「じゃあ、俺がいずれ仙界に行きますって言えば他人事じゃなくなるんですかね?」
「……」
「……」
「…左近。もしやお主怒っておるのか?」
「おや、言ってなかったですかねぇ?」
「…」
「そもそも、妖蛇が出てからどのぐらい時が経ってると思ってんですかあんた。世界がこんなになってるってのに連絡の一つもなく消息も不明。時間を遡って合流したと思ったら仙界組は仙界組で集まってコソコソと何かやってる。だいたい本能寺に行った時も何にも言いませんでしたよね。あの時点であんたなんか知ってたんでしょ?」
「…さすがに妖蛇なんてものが出るとは思っとらんかったがのう」
「…それに伏犠さん、最近よく小難しい顔してますよ」
「…」
「気づかないと思ってたんですか?そりゃまた随分と見くびられたもんで」
「…左近、本気でわしと共に来る気はないか?」
「ははっ。あんた、人を口説く前にまず言うことあるんじゃないですか?」
「それもそうじゃな。まずは、心配かけてすまんかった。肝心なことを黙っていたことも謝ろうあとは…そうじゃな。…この危機を乗り越えるため、わしと共犯してもらえぬか?」
「…ま、言いたいことは色々ありますがね。…素直に謝ったことに免じて、その話、乗ってあげましょ?」
「こりゃ、敵わんのう。ガッハッハッハッ」
「…ようやく調子戻ってくれたようですな。…笑ってくださいよ、伏犠さん。あんたにそんな顔されてちゃ、こっちが不安になる」
「不安にさせておったか、そりゃすまんのう」
「…………小難しい顔した伏犠さんも、それはそれでそそりますけどね?」
作品名:観月宴 作家名:諸星JIN(旧:mo6)