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【P4】オレンジ・ブラスター【花主】

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夕焼けのオレンジが、音を立てて開いた扉の中の世界を照らしていた。
 その中にポツンと取り残された色素の薄い髪が、夕陽の光でいつもと違う色をしてることに、ドキリとした。
 立て付けの悪い引き戸になっている教室の扉を、できる限り音を立てないようにそっと後ろ手で閉める。
 向けた視線の先、机の上に突っ伏しているそれは、ピクリともせずにそのまま規則正しく小さく上下を繰り返していて、安堵の溜息を吐いた。

 一緒に帰る約束をしていた相棒と教室で他愛もないお喋りをしているところを、運悪く担任に見つけられ、連れ出された。
 先に帰っていていい、と言ったが、待ってる、と返ってきたので、すぐに戻る、とその場を離れた。

 それからどれだけか経ち、やっと担任から解放され慌てて開いた扉の向こう、誰もいない教室で鳴上は眠っていた。
 結構大きな音を立てたにも関らず、起きる気配もない。
 そっと近付くと、彼が眠りこけているそこは彼の席ではなかった。彼の真後ろ、つまりは自分の席だ。

 心臓が一際大きく脈打ち、一気に顔に血が集まるのが分かった。

 なんで自分の席に座ってねぇの? とか
 なんで俺の席座って寝てんの? とか
 俺の席座って、何考えてたんだ? とか
 もしかして俺のこと? とか

 自分に都合のいい考えでぐるぐるしだした頭を抱えながら、前の席に静かに腰掛ける。
 一向に起きる気配のない鳴上は、静かな寝息を立てている。
「……何の夢、見てんだよ…」
 滅多に見ることのない寝顔は起きているときと変わらずに整っていて、けれど夕焼けのオレンジが更に陰影を深め、どこか作り物めいて見えた。
 細くてサラリとした髪が、机に突っ伏し、僅かにこちらを向いている鳴上の額を滑り落ちる。
 そのいつもと違う色の輝きに誘われるように、無意識に手が伸びた。

 髪、額、瞼、頬、そうして―――唇、首筋、その先まで、触れたい、と

 自覚した瞬間、伸びた手は止まる。
 きっと柔らかく気持ちのいい手触りをしているだろう髪に触れるまで、あと僅か。
 けれどその距離を詰める勇気は、今の自分には、ない。
 すごすごと手を引っ込めて、溜息を吐く。

 例えば屋上、例えば廊下、例えば商店街の街角、例えば河原、例えば自分の部屋、例えば携帯のディスプレイ、例えば。

 本人がいようがいまいが浮かぶのは同じ、目の前で眠るこの顔だということに気付いたのは、いつだっただろう?
 いまなにしてる? いまなにをかんがえてる?
 そんな風に、気が付けば、いつも自分の中に彼がいる。
 溢れそうになる思いと、引っ込めた手の行き場を探し、自分の頭を小さく掻いた。

「―――触らないのか?」

 寝起きのせいでいつもより少し掠れた声に、ゾクリ、と背筋に欲望の電流と同時に冷たいものが走った。
「…へっ!?」
「触らないのか、って、聞いた」
 ゆっくりと上体を起こして、鳴上が真っ直ぐにこちらを見つめる。
「お、…まえ、起きてたのかよー? だったら早く言えよなー。ほ、ほら、帰ろうぜ?」
 心の奥にじわりと湧いていた下心とも呼べるものを見透かすようなその目に気圧されながら、それを振り払うようにわざとらしく明るく振舞い席を立つ。
 自分の机に掛けた鞄を取ろうと伸ばした腕を、鳴上の手が止めた。
「陽介」
 いつもの少し抑揚を抑えた声で名を呼ばれ、ぎこちなく視線を彼へと向ける。
「な、んだよ」
「答えは?」
「…なんの」
「触らないのか、って、聞いた。答えは?」
 見上げてくる瞳が、濃くなったオレンジ色を反射して、見たこともない色に輝いている。
「さ、わっても…いい、のか?」
 思わず見惚れていると、自分の口から信じられない言葉が零れていた。
「―――」
「……って、あ、今のナシ! ナシな!!」
 二人の間に流れそうになった沈黙が怖くて、慌てて自分の言葉を打ち消すと、心なしかムッとしたような顔で鳴上は取っていた腕を自分の方へ近付けた。
「なる、かみ…?」
「別に、いいのに」
 そうしてそのまま、掌が鳴上の頬に宛がわれる。
 トクン、とどちらのものか分からない鼓動が跳ねた。
 二人きりの教室に満たされていた静寂が、うるさいくらいに鳴る心臓の音に掻き消されていく。
「特別、なんだろう?」
 重なる手と、頬の柔らかな感触、見上げてくる目。
 そういったものに突き動かされ、込み上げて形になりたがっている言葉が内側にあることを、自分はもう知っている。
「鳴上…」
 それを口にしたら、どうなるだろう。
 今までのように、相棒として側にいられないのは明白なのに、それでも出口を求めている。
 コイツなら受け止めてくれるんじゃ、と思ってしまう。

「……言わないのか」

 鳴上の言葉に、思わず唾を飲み込む。
 言ってもいいのだろうか。本当に、口にしてしまっても?

 震える身体、震える心を奮い立たせるため、大きく息を吸った。


「――――あのさ、鳴上」


 その答えは、神のみぞ知る。