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ひとりよがりのジャック

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キンちゃんと会ったのはコインランドリーだった。めずらしいところで会うもんだ。
「何やっとるんや、亀の字」
 キンちゃんは相変わらず、いつもの着流し姿に下駄って格好をしていた。上背あるんだから目立つのに。
「何やってるはこっちのせりふだよ。めずらしいね、キンちゃん」
 いつもはハナさんがやってくれているはずの洗濯物を、彼が自分で持ってきていることに驚く。まあな、と大あくびなんかしながら、キンちゃんは特徴的な大股で僕のそばまでやってきた。
「ハナの奴、風邪ひいとってな」
「そうなの? 熱は?」
「大したことないけどなぁ、こじれたら厄介やろ。俺が寝床に押し込んできた。本人はいやがっとったけどな」
 ハナさんはとても可愛いけれど、意地っ張りな頑張りやだから、無理して悪化させてしまう恐れがある。キンちゃんくらい強引じゃないと、彼女を休ませることなんて出来なかったかもしれない。
まあ、大したことないならよかった。可愛い女の子が苦しんでるなんて、あっちゃいけないことだ。
そっか、と頷いて、僕は作業を再開する。何気なくシャツを取り上げ、一瞬でそれを後悔した。飾り気のない黒いシャツ。先輩のだ。僕はわさびを丸呑みしたような気分になった。
「なんや」
 キンちゃんが籠の上に屈みこむ。
「桃のか」
 ……わざわざこっちに来て確認とか、やめてほしい。
 大体、それが先輩のだったからどうだっていうの。あのね、赤メッシュのね、ガンつけんのが癖みたいな目つき悪い男のものだったって、それをわざわざ僕がコインランドリーなんかにせっせと運んでるんだって、どうでもいいよね。それで世界は終わったりしないでしょ。明日のニュースが7時から8時にずれたりしないじゃない。それで気候が変わったり政治家が国会に遅刻したり山手線が止まったりしないんだよ。ならいいじゃない? いいよね? こたえはきいてないよ言っとくけど!!
 と、いう思考が頭の中をコンマ1・5秒くらいの間に駆け巡り、僕はその速度のすさまじさにめまいを起こしてふらつきました。最悪なことにキンちゃんは、普段鈍いくせに、こういうときに限って外さない人なんです。
「おっと」
 なんなく捕まえられた僕のシャツの肩といったら、大きな掌の下でブルーのストライプがぐしゃぐしゃになってて、まるで不恰好だった。あーあーあー。頭の中でサイレンが鳴る。このシャツ高いんだよ。お気に入りなんだから。先輩のあんなどうでもいいシャツと違って。
 キンちゃんは何も言ってない。なんで僕がコインランドリーなんかにいるんだとか、なんで自分のものでもない洗濯物を抱えてるんだとか、それが先輩のものである理由だって、何一つ。どうして僕がそれを知られたんじゃないかと思うだけで、こんなに動揺するのかも。みっともないのは僕、知られたくないし認められない、僕ひとりの勝手な事情だ。はたから見たらくだらない理由なんだ。バカみたいな独り相撲。ハナさんがいたら、細い腕を腰に当てて、あきれ返ったみたいに僕を見ただろう。キンちゃんと彼女の家で、今頃布団に包まっているだろう、可愛い女の子の顔を僕は思い浮かべる。ハナさんは、僕に指をつきつけて、何か真剣な声で怒っている。「浦、あんた、いつまでそんな、ばかみたいなこと続けるつもりなの?」わかってるよハナさん、ほんといるけど。
 でも、人がわかったとおりにできる生きものなら、僕はとっくに、ブランドのもののストライプシャツなんて着ていない。先輩と同じ、あのバカみたいな、安っぽいシャツでも着てたはずだ。そして今このコインランドリーのは、先輩の姿だってあったのかも。僕らは並んで帰ったかもしれない。手を繋いだり、夕飯の献立を考え合ったり、優しく肩を抱いたりしたのかもしれない。キンちゃんなら言うだろう、「別になんもおかしなことないやろ」って。さらに、彼はこう続ける。いつもみたいに、これが当たり前だろって、心の底から疑ってない、信じたくなるみたいな声で。「いっちゃん好きな相手なんやから」――ああ神様。だけど、素直にそれが出来る僕なんて、もう僕じゃない。
 キンちゃんの手は僕の肩を握ったままで、ストライプのくしゃくしゃも一度ついたら元には戻らない。僕は嘆息したくなった。こんなの、女の子には見せられないなあ。
 先輩にも。リュウタにも。良太郎にも。キンちゃんにだって。僕は見せたくない。いつでもピンとした、糊のきいたシャツを着て、嫌味なくらい隙なくきめて、先輩に「いけ好かねぇ」って舌打ちされていたいんだ。良太郎に、「ウラはいつもカッコいいね」ってちょっとピントのずれた感想で微笑まれていたいんです。リュウタとキンちゃんは僕の服のことなんか気にしないかもしれないけど、とにかく、どうしてもそうしたいんだよ。だから、だから、だからお願い。お願いします。
 何にだかわからないけど、思わず僕は祈った。何をだかしれないけれど、とにかく、必死で祈った。
「亀の字」
 キンちゃんは僕が混乱してるのをどう思ったんだろう。「顔色悪いで」、いつもの通りの低い声を僕の耳元に落とした。なにか心配されてるみたいだ。キンちゃんの大きな掌が、僕の肩を支えるように掴んだ。僕は、キンちゃんの顔を間近で見つめた。
 ……今、ふと、思ったんだけど。良く見るとさ、キンちゃんっていい男だよね。精悍なかんじ、男らしいかんじ、先輩とはちょっと別の、お父さんみたいなかんじ(だって先輩はやんちゃな兄貴ってかんじだもの、リュウタと遊んでる時とかいい勝負だし)。あれ? 僕、何を考えているのかしら。
 正直その時、僕の思考は飛んでいた。キンちゃんは心配そうに何かを僕に喋りかけていたみたいだけど、正直どんな顔で見ていたのかも、なんて答えたのかもほとんど意識の中にありゃしなかった。
 気がつくと、キンちゃんはやけに重々しく頷いていた。
「ようわかった」
 え、なにが。僕はぱちぱちと瞬きした。どんな道を辿ってかわからないけど、彼は彼の結論に達していたらしかった。それからどういうわけなのか、ぐぐっと僕に顔を近づけてきた。え、ちょ、近すぎない?
 彼は、ちょんと鼻先をくっつけて(わあ犬みたいになんだか冷たい、しめった肌の感触です、今日は暑いから、汗が冷え、て)、ぺろりと僕の唇を舐めた。
 ――……はあ?
 キンちゃんは何事もなかった顔で、うん、とひとつ大真面目に頷いて、僕の肩を離しました。それから僕の頭をぽんぽんと叩いて、「あんま無理せんようにな」と呟いて、洗濯の済んだ大きな袋を担いで、コインランドリーを出て行ってしまった。
 僕は掌で口元を覆いました。今の数秒を頭の中で再生します。肩をつかんで、額をこつんとやるくらい顔を近づけて、はい再生スタート。
 キスをされたみたいです。
「――〜〜〜っ……!?」
 認識するのにコンマ3秒。僕は頭のなかみが沸騰して、今にもそのへんから零れるんじゃないかと思います。コインランドリーの無機質な表面に背をぺたりとつけて、僕はずるずると座り込んでしまった。
(あんま無理せんようにな)
 えーと、もしかしてあれですか。キンちゃん流慰め? 励まし? え、あれが? 
作品名:ひとりよがりのジャック 作家名:リカ