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雪の降った朝に

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ベッドの上でもぞもぞ動いていた掛け布団が、いきなりぼふんと蹴り飛ばされた。ちょうどベッドの足側でゆったり漂っていたアストラルが、すぐ傍で宙を舞う布団に目を丸くする。
 十数分の格闘の末に、身体に暖かく纏わりつく寝具をやっとのことで引きはがし、遊馬はベッドから転がり出た。
〈遊馬、おはよう〉
「おはよ……」
 半透明な同居人に返事するかしないかの内に、盛大なくしゃみが一つ。
「うー寒っ、何だって今日はこんなに……」
 身体が凍ってしまいそうだ、部屋の中にいるというのに。遊馬は鼻をすすり上げ、震える身体をかばうようにぎゅっと両手で包み込む。今まで寝ていたベッドが、その心地よさでもって再び遊馬を手招きしている。だが生憎今日は平日で、健康な中学生なら学校に行かねばならない日だ。
 指をぎこちなく曲げて、学生鞄と制服を摘み上げようとする遊馬。だが、そこで違和感に気づく。窓の外がいつもよりやけに白く明るい。
 屋根裏部屋で寝るには辛い季節。いつにも増して凍える空気。居心地のいいベッド。
 まさか、と口の中で繰り返しながら、遊馬は閂を外し、窓を思い切り開け放った。
「わあ……」
 窓の外は、昨日とはまるっきり違う光景が広がっていた。眼下に広がる家並みやビルの群れ、大地も空も一面真っ白。晴天下ではピンク色が異様に目立つハートランドのタワーも、今日ばかりは分厚い雪雲に覆われて天辺が全く見えない。
 
 その日、ハートランドシティに雪が降ったのだ。

 開けられた窓から流れ込んでくる、触れれば身を切るような温度も、吸い込めば鼻の粘膜をひんやりと焼く空気も、今の遊馬には全く気にならなかった。何故なら、こんな雪の日は色々と楽しみが多いものだからだ。特に今年は、
〈何ということだ。誰か《大寒波》でも発動したのか〉
「街一個巻き込んでデュエルって、かなりやばくね?」
 この世界の冬を過ごすのは初めてな彼が一緒にいるので。

 冬の制服に上着とコートを着込み。首にはしっかりと赤いマフラーを巻き付け、両手に同じ色の毛糸の手袋をはめて。
 飛び石を覆い尽くさんばかりの雪目掛けて、玄関ポーチから飛び下りる遊馬。ふかふかの雪は遊馬の足首までを柔らかく受け止め、さほど踏み荒らされていなかった場所に一対の足跡が深々と刻まれる。
「わは、積もってる積もってる」
 そのままのしのしと歩いてみれば、足跡も雪の上に点々と列をなす。一方、目の前を通り過ぎた雪の欠片に手を伸ばすアストラル。 
〈これが雪というものか。何とも不思議な物質だ……〉
 見れば見るほどマフラーの一枚でも進呈したくなる姿の彼は、あらゆる熱を奪う季節の温度をものともせずに、長々と雪を凝視していた。雪の欠片が地面に落ちて見えなくなると、今度は雪の上に付いた遊馬の足跡に興味を示し始める。遊馬と自分の足の大きさを見比べてみたり、両手でバランスを取りながら足跡に沿って空中で歩く真似をしてみせたり。そんなアストラルの仕草がおかしくて、遊馬は思わず吹き出しそうになる。口元を押さえた両手の隙間から、白い息が零れては空へと溶けていく。
 白く染まった生垣の向こうから、聞き覚えのある電子音がする。二人が道路に降りると、そこには春とオボミの姿があった。 
「おはよう、婆ちゃん、オボミ!」
「おお、遊馬か。おはよう」
《オハヨウ、オハヨウ》
 コートや毛糸の帽子、マフラーなどで完全防備をした春は、いつもの箒をスコップに代えて雪かきに勤しんでいる。春の背後には小さな雪山がいくつか築かれていた。遊馬たちが来るまでに一仕事したらしい。雪山の数を数えて遊馬は眉を寄せた。
「大丈夫かよ、婆ちゃん。無理して腰でも痛めたら」
「ワシはまだまだ現役じゃ、雪なんぞに負けはせん。それに、今年は心強い仲間がおるからの」
《オボミ、ナカマ、ナカマ》
 どこか誇らしげに春の言葉を繰り返し、丸い顔をしきりに左右に揺らすオボミ。そんな彼女は、道路一面に積もった雪を両手ですくい取っては、デュエル飯くらいに固めたそれを大きく開けた口の中にぽこぽこ放り込んでいる。遊馬はオボミに近づくと、声をひそめて話しかけた。
「なあ、オボミ。頼む、婆ちゃんが無茶しないように見張っててくれよ」
《リョウカイ、リョウカイ》
「ゆ・う・ま?」
「……! は、はいいぃっ」
 恐る恐る遊馬が振り返ってみれば、春がじと目で遊馬を見ていた。しかし、そんな表情もすぐににこやかな笑顔にとって代わる。
「子どもは風の子、元気が一番じゃ。気をつけて行っておいで」
 春とオボミと別れ、遊馬たちは学校へと向かった。道路にたくさん積もった雪をざくざく踏みつけると、自然と遊馬の頬が緩む。
「学校終わるまで残ってるかな。残ってるといいなあ、雪」
〈雪は君にいい効果をもたらすのか? 一体どんな効果だ〉
「んーっと、困ることもあるけどさ。こんな日にはな、できることがあるの。色々と」
 雪合戦に雪だるまにかまくらに、と遊馬が例を挙げてみせる。アストラルは少し首を傾げて、
〈言葉自体はテレビで聞いたことがある。実際に目にするのは初めてだ。不明な点が多いがまあいい、君に実演してもらうことにしよう。それはさておき〉
 雪かきはまだ始まったばかりだった。通学路にはオボミと同じく雪かきに駆り出されたオボットたちがいるが、普通に歩けるようになるまでにはまだまだ時間がかかる。遅刻したくなければ、少し急いだ方がよさそうだ。……その前に。
〈遊馬。「風の子」とは何だ?〉
 アストラルが納得してくれるような答えをどうにかして見つけなければならない。せめて学校に到着するまでには。


(END)


2012/01/23
作品名:雪の降った朝に 作家名:うるら