PM 10:00
「竜ヶ峰?何してるんだこんな所で?」
もうすぐ時計の針は夜の10時を差すはずだ。
それなのにこんな時間に来良の制服を着て一人で佇んでいる姿はとても浮いていた。
ここは池袋だ。制服姿で夜に出歩くのは危ない、と続けようとした俺だったが、竜ヶ峰の顔を見て、そんな台詞はどこかへと消え去った。
俺の声に振り返った竜ヶ峰は瞳から次から次へと涙が頬を伝っていた。
「ど、どうした!?何かあったのか!?」
竜ヶ峰の両肩に手を置くと、竜ヶ峰の顔を覗き込んだ。
そんな俺に竜ヶ峰は首を横に振ると、弱々しく微笑んだ。
「大丈夫、です・・・なんでもありませんから。」
「そんな顔して大丈夫なわけがねぇだろ!!」
今まで竜ヶ峰に聞かせたことのない強めな調子で怒鳴ると、竜ヶ峰はビク、と肩を震わせ微笑を消してポロポロとさっきよりも大粒な涙を落としていく。
俺は袖でできるだけ優しくそれを拭ってやると、近くにある公園へと竜ヶ峰を引っ張って行き、ベンチに座らせた。
落ち着いた頃合を見計らってベンチに座る竜ヶ峰の前にしゃがみ込み、下から見上げるようにして竜ヶ峰を見る。
「それで、どうした?」
安心させるようにそう尋ねると、少しだけ視線を彷徨わせて竜ヶ峰は恐る恐るといった感じで語りだす。
「今日、臨也さんに呼び出されたんです。」
臨也という名前に反応した俺に気付いた竜ヶ峰は言葉を一旦止めて、窺うようにして俺を見た。
俺は気にするな、という意味を込めて竜ヶ峰の膝を軽くポンポンと叩くと、それを感じ取ったらしい竜ヶ峰が言葉を続ける。
「臨也さんが僕のこと呼び出すのは別に珍しいことじゃないんです。臨也さんの部屋にも何度か行ったことありますし。」
俺にとってそれは初耳で、俺の知らない内に臨也と竜ヶ峰が一緒にいたというのはおもしろくなかった。
しかし話をまた途切れさせるわけにはいかず、俺はその感情を必死に押し殺した。
「それで、今日も渋谷にある臨也さんのオフィスに行ったんです。そしたら・・・」
竜ヶ峰は少し口篭ると言い難そうに口を開いた。
「知らない女の人とキスしてて・・・」
それでショックを受けたのか、まあ竜ヶ峰は普通の高校生よりもそういうことに疎そうだからな。
いや、待て。と俺は心で思考を停止させる。
ショックを受けることは分かる。しかし、泣くほどのショックを受けるだろうか?
「それで、一体何で泣いてたんだ?」
俺が聞くと、竜ヶ峰は困惑した表情を浮かべる。
「どうして、なんでしょう・・・?」
それは自分自身に問いかけるように呟いた。
「臨也さんが女の人とキスしてるのを見たら胸の奥が締め付けられるように苦しくなって、涙が勝手に出てきて・・・」
「それは・・・」
恋煩い、だという言葉は飲み込んだ。竜ヶ峰にそれを教えたくなかったし、教えるつもりもなかった。
俺も、竜ヶ峰と同じ気持ちを竜ヶ峰に抱いてるからだ。
竜ヶ峰が臨也に抱いている感情を知って胸が苦しい。
しかし、その感情よりももっと強い感情がある。
竜ヶ峰を傷つけたことへの怒り、俺が得ることの出来ない竜ヶ峰の心を奪ったことへの嫉妬と憎悪。
イライラする、それもこれも全て臨也のせいだ。
昔からそうだった。いつも俺がイライラする理由の大半は臨也だ。
殺す、そうだ邪魔ならば殺せばいい。
頭がスーッと冷えていく。
ずっと解けなかった難問の答えが出てくるような、そんな感じがした。
「静雄さん・・・?」
不安そうに俺を見る竜ヶ峰の頬にそっと触れる。
「大丈夫だ。何も心配することはねぇよ。」
不思議そうに首を傾げる竜ヶ峰を抱き寄せた。
俺がお前を守る。お前を傷つけるもの全てを壊してやる。
戸惑ったまま体を硬くする竜ヶ峰の耳に軽く口付ける。
ピク、と反応する竜ヶ峰を愛しく思った。
そして、臨也の消えた後、竜ヶ峰を自分のものにする未来を想像して、俺は口元にうっすらと笑みを浮かべた。