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嘘を付くのが下手な彼

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いつも写本を持ってくると俺をそっちのけで熱中してしまうし、かといって何も無い時に行くとしても多才な彼は目が回るほどに多忙な日々を送っている。
曲がりなりにも恋人であるから、アポ無しで家に乗り込んだとてレオナルド本人はとても喜んでくれる。ただ、麗らかな午後にゆっくりお茶でも、となると彼の弟子らから早く帰れという視線を一身に受けるという精神的な試練も伴うが。

「おお、また写本を持って来てくれたのですね!」
レオナルドは嬉々としてそう言うと、俺本体には目もくれずに大きな机に写本を広げ、新しい玩具を与えられた子供のように暗号解読に熱中してしまう。
カリカリとペンを走らせているところを背中越しに解読しているところを覗き見ても俺には解読の法則も何もさっぱり分からない。
それでも、彼の超一級品の頭脳なら、今回もすぐに解けてしまうのだろう。
先祖、アルタイルが一生懸命考えて考えて捻りながら作ったであろう暗号も彼の前では形無しだ。可哀想なご先祖様を思い、出された紅茶を啜っているとずっと写本に何がしかを記入していたレオナルドの動きがぴたりと止まった。
なんだ、まさか、もう解読作業が終わってしまったのか?明らかにいつもより早い。まずい、弟子達が満面の笑みを浮かべて馬鹿丁寧に土産まで包んで送り出す準備を始めている。ああ、来て10分と経たないうちに恋人の家から追い出されるなんて、二十年以上生きてきて初めての事だ!「5分だけよ」と言われながらも必ず朝まで居残る事に定評があったこのエツィオ・アウディトーレがなんというざまだ!いやいや、それにしたってこの早さは先祖涙目じゃないか。
と、まで考えたところで、レオナルドから出たのは意外な台詞。
「いやあ、今回の暗号は難しくて、どうにも行き詰まってしまってしまいました。あの、もし良ければ発想を転換する為の気晴らしに付き合っていただけませんか?なに、そこらを少しばかり散歩するだけで良いのです。ねえ、エツィオ、どうです?」
詰まった、と言うには表情が明るい。ちらりと写本に目をやると分からなくて途切れたというよりも意図的に書かれていないように見える部分が多く残っている。そのまま視線をずらして斜め後ろの彼の弟子らを窺うと「なんだ、まだ帰らないのか」と顔に書いてある様な落胆の表情で俺への土産物を棚に戻していた。おいこら、客人の荷物を乱暴に扱うな。全く奴ら、酷い掌返しだ。
そうしてレオナルドにまた視線を戻す。期待するような顔でこちらの返答を待っている。もちろん答えなんて「Si」に決まっているだろう。
そう言うとレオナルドはぱっと表情を明るくして、聞いてもいないのに東にある公園で今薔薇がやっと咲き始めたところだとか、珍しい異国の料理を出す店が割と近所に出来ただとか、ぺらぺらと相変わらず良く回る口で嬉しそうに話し出す。
お喋りな割に、相変わらず嘘は下手なんだな。と茶々を入れると、レオナルドは一瞬驚きに目を開いた後、バレましたか、と眉を下げて笑った。
「でも、知ってて誘いに乗ったのならば共犯ですよ」
「分かった分かった。で、どのくらい散歩をするつもりなんだい?」
「そうですね……あの太陽が…あそこに行くまでですね」
ぴっと真上に指示した指と、今現在少しばかり西に傾きつつある太陽とを見比べる。
太陽は東から昇って西から沈む。言わずともがな、生まれてこのかた太陽が逆に動いているなど見た試しなんか無い。ということは。
「……丸一日?」
「そうとも言いますね」
にんまりと笑ってみせるレオナルドに感嘆の溜息を付き、天才師匠の帰りを待つ哀れな弟子達に軽く同情しながらも、まあ、まずは腹ごしらえだと二人の足取りは迷い無く異国料理の店へと歩みを進めていった。