トワイライト
「駄目って言ったら駄目なんだよ!いい加減諦めろ!」
月も昇りきった頃、近所迷惑なほどの大声が墓場に響いた。
何処の駄々っ子だよ、とアーサーは呆れながら叱る。
その相手は拗ねた素振りを見せていて、なおさら駄々っ子のようだった。
「俺にはアーサーの感性の方がわからないよ。何で大好物を前にそんなに我慢してるんだい?」
「それはっ…」
思わずアーサーは黙ってしまう。
アルフレッドの発言は間違っていない。
アーサーは吸血鬼で、目前には血行の良さそうなスポーツ好きの大学生の青年がいるのだ。
格好の餌食となっていてもおかしくない。
「もう半年頼み続けてるんだぞ!そろそろいいだろう!?俺の血を吸ってよ!」
勿論アーサーにも断る理由がある。
夜の生物である彼にとってアルフレッドは唯一、昼を感じさせてくれる存在だ。
アーサーは吸血鬼であるにも関わらず、夜が嫌いだった。
陰気でジメジメしたイメージが拭えないらしい。
ゆえに、ひょんなことから出会ったこの明るい青年を襲うこともできない。
アルフレッドのことが嫌いなわけではなく、むしろ好いているのだが、明快で活発なアルフレッドを失いたくないというエゴ。
血を吸ってしまえばアルフレッドも吸血鬼となってしまう。
他にも、アルフレッドに普通の人生を送って欲しいというのもあるが。
ちょっとずつ、という申し出もアーサーは断った。
理由は、ちょっとで止められる自信がないからだ。
「アーサーのけちっ!何のために俺が毎週わざわざ夜に墓場なんかに来てると思ってるんだい!正直言ってちょっと怖いんだぞ!」
「いや、もう慣れてきてるだろお前」
「うるさいぞ!とにかく、俺の血を吸ってくれよ!どうしても駄目って言うんだったら、君の顎掴んで強制的に吸わせてやるぞ!」
「わ、わかった、わかったから。す、吸えばいいんだろ?」
アルフレッドが差し出した白い首筋に、アーサーは一瞬ドキリとしたが、甘噛みする。
「言っとくけど前みたいに噛むと見せかけて眠らせるのは無しだぞ。俺目瞑ってるからな」
吸血鬼には催眠術という便利な手段がある。
アーサーは舌打ちしてアルフレッドの顔を覗き見ると、本当にアルフレッドは蒼い両目を閉じていた。
少しだけアーサーの口元が緩み、その手でアルフレッドの髪を撫でた。
「期待に添えなくて、ごめんな」
アルフレッドが目を開く前にアーサーはアルフレッドに口付けた。
舌を入れるほどのキスだったが、アーサーの目的は吐息で気絶させること。
唇を離すとアルフレッドは糸が切れたように倒れ込んだ。
「どうせ覚えてないんだろ。許せよ、これくらい。お前の誘惑よりは酷くねぇと思うぜ」
倒れたアルフレッドを支えて、また彼のアパートまで届けるのか、とアーサーは微笑みつつ溜め息をついた。
アルフレッドが目を覚ますと、いつも通り彼のアパートの天井だった。
落胆しながら一応台所に向かい、手頃な果物ナイフを掴んで左手を捲る。
手首には白い切り傷の痕が沢山ある。
何も知らない人が見たらアルフレッドがリストカットを繰り返す精神異常者に見えるかもしれない。
「少し異常なのは否定できないけどさ」
小さく手首に切り傷をつけると、いつも通り赤い血が滲んだ。
それを見るとアルフレッドは興味を失ったようにナイフを置き、ベッドに寝転がった。
念のため置き鏡を覗いたが、やはり首にも肩にもどこにも赤い花どころか噛み痕だってなかった。
息を吐きアルフレッドは枕に鼻を埋め、ギリギリと枕を噛み締める。
馬鹿だなぁ、とアルフレッドは涙ながら笑った。
「どうして気付かないかなぁ…。本当に、どうして。
こんなに、君を求めているのに。」