無題1
「おお、好きじゃよ?」
まるで世間話でもしているほどの軽さで応え、伏犠はそれきり何も言わず、月を見上げて盃を傾けている。
やはりか、と左近もその隣で盃を傾けながら思う。
豪放磊落なようでいて、こうしてこちらから踏み込めば逃げる。
いや、逃げ道を用意してある、か。
お主はどうだと聞き返してくるならまだしも、至って平然と流されては踏み込むこともわざわざ距離を置くこともできかねた。
男女の駆け引きなら得意とするところだが、これは相手が老獪すぎる。
甘い言葉など交わすことはなく、単なる性欲処理だと肌を重ね、何事もなかったように話をして酒を酌み交わす。
束縛どころか名前の付けられるような関係らしき関係もないままに今日まで続いている。
これは一体何なのか。
明確な答が欲しい訳でもないが、このなんとも形容しがたい間柄に甘んじ続けるのも座りが悪い。
放っておいても害はないと思う反面、ちりちりと神経に引っかかるような感覚に、左近は盃の酒を煽る。
「…飲み過ぎは感心せんのう?」
不意に声がかけられたと思えば、伏犠はいつの間にやら月から目を離して左近を見ている。
言葉と裏腹に向けられる徳利に盃を差し出して香露を賜り。
「何、まだ酔い足りないぐらいですよ」
そうか、と笑う伏犠の顔をまじまじと眺めていれば、どうかしたか?と目で問い返される。
晴天を覗くようだ、と左近はぼんやりと思う。
「……あんた、嫌な人ですねぇ」
吸い込まれるように零した言葉に、良くわかったなとでも言いたげに、蒼天の眸が笑っていた。
作品名:無題1 作家名:諸星JIN(旧:mo6)