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Andante

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 おはよう。よくねむれた?よだれたらしてたよ。嘘じゃないってば、本当だよ。またよだれたらしてるよって、笑ってたんだから。あぁもう、いたいなぁぶたないで。本当のことなんだから、あきらめなさい。
 ねぇ、イングランド。今日も歌をうたいましょう?

 目を覚ました。ふと、目に入った空はどんより。曇り空だった。耳を澄ますと、かすかにしんしんと雨の降る音がする。そうか、今日は雨なのか。雨の日はあまり好きではない、妖精は羽根が濡れるからと飛ばないから遊びにこない。雨は感覚が鈍る。

 だから

「イングランド、めーっけ」

 こうやって、突然誰かがきても。直前まで気づけない。もしこれが、フランシスではなく。イングランドという国を攻めにくる敵だったら、いや。フランシスだって、何も変わらない。敵と同じ。
 なのに。どうして。
「どうした?雨の中にーちゃんが来てやったのに」
 どうして、うれしいと感じてしまうのだろう。あふれそうな涙をなんとか根性で押さえ込むが、少し声はむせたような。泣きそうな声で「なんでもない」と返事をした。気づいているのか、どうなのか。フランシスは少し間を置いた後に「そうか」と笑みを浮かべた
 すごい雨だなぁ、あったかくして寝てたか?今日はいつもの妖精とかいないのか?どうしてそんなことを気にするのか、というくらい。フランシスはイングランドと顔を合わせると沢山のことを聞いてきた。一度だけ、どうしてと訪ねたことがある。悩むこともせず、フランシスは答えた。『もっとイングランドのことを知りたいから』と。今までもこれからも、誰かに求められることはないと思っていたイングランドは、名前も知らぬこの感情をなんといったらいいのかわからなかった。そのときは。

「雨は、好きじゃない」
「そうか?」
「外に出れないし、面白くない」
 俺は嫌いじゃないけどなぁ、とフランシスはのんきにパンをかじりながら話した。のんきな奴めとイングランドが思ったことは知らないだろう。

「食べるか?」
「うん」
 少し固いパンをかじる。湿気のせいなのか、こういうものなのか。なのに、おいしく感じられた。フランシスの持って食うものはいつだっておいしい。こいつの食文化なのかと思うと、羨ましくさえ思えた。

「雨、きらいじゃないよ」
 突然、横にいたフランシスがいった。はぁ?と声にだしていうと、フランシスは目を閉じてうっとりという。
「自然が奏でる、音楽みたいじゃないか?」
 ほら、目を閉じてみろよ。フランシスにいわれるがままに目を閉じた。

 ぴちゃん、ぴちゃん、ぽた…ぽたぽた

 雨が、木の葉にふれるおと。地面におちる音。木の幹をつたって流れていく音。風の音、すべてが重なり合って。確かに、そう確かにひとつの音楽のように聞こえた。
「ほんとうだ」
「だろ?」

 うん、と小さくイングランドは返事をして。しばらく耳を傾けた。心が水面のように穏やかだった。なぜだろう、いつだって気を張りつめていたのに。今日は雨だから鈍っているのか。いや、違う。フランシスがそばに居るからだ。
 妖精と一緒に居ても、ユニコーンと一緒に居ても。楽しいのに、どこか満たされないところがあった。それは、自分と彼らが同じ「生」をもつものであっても。同じ生き物ではないということからだったのか。

『俺はフランシス』
 はじめてフランシスにあったときの驚き。自分と同じような存在を、イングランドは兄しか知らなかった。兄ではない、まったくしらない他の国。恐怖と同時に、驚きと。そして喜びがあったのを忘れないだろう。
 声がきこえる。雨のしずくの音楽にまざるように、フランシスの声が聞こえる。イングランドを呼ぶときと同じ、優しい声が音に乗って響いていく。心地よかった。

「イングランド?」
 隣から、かわいらしい寝息が聞こえてきてフランシスは声をかける。気づく様子もなく、イングランドは体をフランシスに預けて眠っていた。穏やかな表情は、自分が隣に居るからだといい。フランシスは笑みを浮かべてその寝顔を眺めていた。
『イングランドは寝てしまったの?』
 そっと、陰から妖精が顔を出した。フランシスは人差し指を前にしぃ、と合図を送る。妖精もこくりと、小さな首をふった。
『よだれがたれているわ』
「げ」
『大丈夫よ。自分のフードだから』
 そうか、と安心する。今日は歌を歌おうと約束したのに、またのびてしまったな。優しく髪の毛をなでてやると、イングランドが身をよじった。
「んー…ぅ、ゆにこーん」
 寝言かよ。ユニコーンかよと妖精と笑った。可愛い、可愛いイングランド。妖精が見えて、ユニコーンと一緒にいる子。興味本位だった。だけど、気づいたら目が離せなくなっていた。かまうのが楽しかった。心を開いていってくれているのがうれしくてたまらなかった。

「お、雨やんだな」
 そっと、穴蔵から顔をのぞかせると。光が森に差し込んでいた。明日もこんな明るい日差しが差し込む晴天だといいな。フランシスは聞こえぬイングランドに話しかける。

「はれたら、歌を歌おう。いろんな歌を教えてやるよ」
 一緒に歌おう。そして、もっともっと俺のことを、国のことを知ってほしい。急ぎはしない、強制もしない。
 そう、例えるなら。アンダンテのような早さで。ゆっくりでかまわない。もっと自分を知ってもらいたい。そしてイングランドのことを知りたい。
「だから、今は…子守唄を歌ってやるよ」
 ゆっくりおやすみ。優しい子。

『フランシス、あなたも甘いわね』
「仕方ないさ、こんな可愛い子ほっとけない」
『本当に、それだけ?』

 意地悪いな。フランシスは苦笑いを浮かべた。妖精はにっこりと笑う。それだけ、そう今はきっとそれだけ。
「それ以上のことは、未来の俺が決めることだ」
 今は、いっしょにいることをゆるして。

*END
作品名:Andante 作家名:新羅あおい