安全保障のジレンマ
「なに黙ってるの」
「ちょっと・・・昔のこと、考えてただけです」
だだっ広いトレーニングルームで、俺と恭弥さんは寝転がっていた。お互いボロボロで。
かなり離れた位置にいるけど、ここは声がよく響く。
「引き分け、だね」
「初めてですね」
前回が俺の負けだった。
それからまた修行を重ねて、今回は引き分け。
つまり、俺は恭弥さんと同じ強さになったということだ。
「俺、これ以上強くなれないんでしょうか」
「強くなりたいの」
そう聞かれると、少し困る。
俺が強くなったのは恭弥さんに殺されないようにするためで、向上心なんてこれっぽっちもない。
ただ、俺の強さがここまでだとしても、恭弥さんはもっと強くなるかもしれない。
そしたら、俺は――――
「俺はあなたに、殺されるんでしょうか」
会話は成り立たないけど、そんな言葉が出た。
しばらくして、妙な音が聞こえてきた。何かが動く音。
俺は、音のするほうに身体ごと向いた。
恭弥さんが転がっている。俺のほうに向かって。
時折、無理に瓦礫を超えて「ん、」とか「ぐぇ」とか変な声をあげて。
・・・シュールだ。
長いことかけて俺の横に転がってきた恭弥さんに唖然としていると、「間抜け面」と笑われた。あなたに言われたくないです。
それから俺の腰をぐいぐい引っ張ってきた。抱き寄せるつもりらしい。
でも疲れのせいか全く力が入ってなくて、諦めたその手は俺の頭を撫でた。
「小動物は、殺そうとしてもなかなかしぶとく生き残るものだよ」
僕に殺されるつもりなんてないんだろ、って、猫みたいな笑顔。
あぁもう、綺麗だなぁ。あちこち傷とか埃がついてるけど、それでも。
物騒なのに美人だなんて、反則だ。
この手の優しさも、反則だ。
いっそ醜男で、徹底的に非人道的な奴だったら、相手にせずに逃げてたのに。
好きになっちゃったんだよなぁ。まだまだ生きて、この人の傍にいたいと思っちゃったんだよなぁ。
見えない勝負に、俺は負けてた。