正臣君は苦労人。
「正臣、僕ね恋人が出来たんだ。」
ある日の放課後、そう言って照れくさそうにはにかむ帝人は幸せそうで、裏切り者め!と詰ったりしつつもこいつを池袋に呼んでよかったと微笑ましく思っていたのだが、次の一言に俺は衝撃を受けた。
「でも、あの、女の人じゃなくて・・・男の人なんだ。」
俺はそこでぴた、と動きを止めた。恋人が出来たって言ったもんだからてっきり杏里とか杏里とか杏里だと思ったのに、まさか帝人の恋人が男だったとは。いや、しかし俺は別に偏見なんて持ちはしなかった。たとえ同姓であったとしても帝人が幸せならばいいと思ったからだ。
「マジか!?まぁいいじゃん?恋に年齢とか性別なんか関係ないって!」
帝人を安心させるようにいつもの調子で言うと、帝人は小さく笑った。
「正臣ならそう言ってくれると思った。」
「あったりまえだろー?俺はお前の世界で一番ナイスガイな親友なんだからなっ!んで、お前の恋人って誰?俺の知ってる人だったりする?」
そう聞くと、帝人は一瞬で顔を強張らせる。
「うん・・・正臣なら知ってると思うよ。」
「おいおい、もったいぶるなよ。いいから誰?」
「・・・絶対、怒らない?」
何故自分が怒る必要があるのだろうと思いながらもおう、と返事をする。帝人は小さく深呼吸すると恋人の名前を呼ぶ。
「・・・平和島静雄さんだよ。」
しばらく俺たちを静寂が包み込んだ。俺の頭の中では何度も平和島静雄という名前がリピートされているにも関わらず情報を処理することが出来ずにいた。40回目かというリピートを繰り返してやっと帝人の言葉を理解した。
「はぁ!?なんで平和島さんなんかと付き合ってんの!?」
帝人はもじもじと口篭りながら答える。
「その、僕が非日常好きなの正臣知ってるだろ?」
答えになっていない、と目で睨むようにして伝えると、帝人はチラと俺を窺い見てすぐに目を逸らした。
「こっちに越してきてから3日くらい経った日の夜に街でカツアゲされそうになって・・・」
「それで助けられてフォーリンラブか?どこぞのストーカーと似た話じゃねーか。」
そう言ってやると、帝人はぶんぶんと首を振る。
「カツアゲから助けてくれたのは臨也さんだよ。」
それまたはぁ!?と声を上げると、うるさいよ正臣、と帝人は迷惑そうに言った。いや、俺がこんなに大声上げる羽目になったのはお前のせいだろ、と思わず突っ込みたくなった。
「臨也さんがカツアゲしようとしてた人達のこと追い払ってくれて、で正臣があんまり近づくなよって言ってたからお礼だけ言って帰ろうとしたら静雄さんに会って・・・」
つまり二人の喧嘩に帝人は巻き込まれたわけだ。しかし、それだけならば帝人は池袋最強の男と付き合うには至らなかったはずだ。問題はこれからなのだろう、と俺は帝人の言葉を一言も聞き漏らさないように話に集中した。
「いつもみたいに二人で喧嘩始めて、ここからどうやって逃げ出そうかなって思ってたときに静雄さんが投げた標識を臨也さんが避けて、後ろにいた僕のほっぺたに掠って血が出てきて、それに気付いた静雄さんはオロオロしだして、その間に臨也さん逃げちゃうし、この状況どうしたらいいんだろうって考えてたら急に静雄さんに持ち上げられて静雄さんの家に連れて行かれて、手当てしてもらって、静雄さんてば手当てする間ずっとなんども謝ってて、それがなんか可哀想に見えてきて話題を変えようと好きな食べ物の話とかしたら意気投合しちゃって。」
最初はうんざりとした調子で語っていたのだが、徐々に恋する乙女のような話し方になっていく。
「静雄さん甘いもの好きだったらしくて、お気に入りのケーキ屋さん教えてもらったりしてるうちにお詫びに奢ってくれるって話になって最初は迷惑になるだろうからって断ったんだけど静雄さんてばなかなか引いてくれないし、それに静雄さんとケーキ食べに行くのなんてすごい非日常だなって思って・・・」
「あー・・・それでお前はOKしたんだな。」
この非日常好きめ!と胸の中で幼馴染に目一杯悪態をつきながら言うと、帝人は小さく頷いた。
「それから何回か静雄さんに誘われて甘いもの食べに行ったり、遊んだりして、それで・・・こ、告白されて。」
告白、という言葉に帝人は顔を赤くする。お前は生娘か、とやさぐれたように心で突っ込んだ俺を誰が責められるだろうか。所謂これは二人の馴れ初めというやつで聞いたのは俺からだったにしても体よく惚気られたのに間違いはない。
「それで非日常好きな帝人君はそれを承諾してめでたくお付き合いを始めたと。」
俺が盛大にため息をつくと、慌てて帝人は弁解するように言葉を並べる。
「正臣が僕の為に静雄さんに近づくなって言ってくれたのは分かるよ。でも静雄さん、普段はすごく優しくていい人なんだよ!だから、正臣には僕たちのこと認めてもらいたいって思って。」
必死にそういい募る幼馴染に今日何度目かのため息をついて帝人の頭を軽くポンポンと叩いた。
「まだ認めたわけじゃねーけど、帝人が幸せならそれでいいんじゃねーの?俺はお前がいいんなら別に反対しねーよ。」
なんてったって親友だからな、と笑ってみせると、帝人は今まで見たことのないような笑顔になった。それを見て俺は一瞬胸が高鳴るのを感じた。
(なんでドキドキしてんだ俺っ!?なんか帝人、恋人できたからかすごい雰囲気が・・・)
笑顔のままの帝人を見て、はっとする。
(もしかして、恋!?嘘だろぉ?)
心の中でそう嘆いていると、帝人の携帯が鳴った。帝人はすぐに携帯を開くと、俺に見せた笑顔よりもより一層輝いた笑顔を携帯に向ける。
「静雄さんにケーキ屋行かないかって誘われちゃった!正臣にずっと言おうと思ってたこと言えてスッキリしたし、僕もう静雄さん所行くね!」
核爆弾なみのカミングアウトをしておきながら付き合いの長い幼馴染を置き去りにし、つい最近できたという恋人の元へ向かった帝人を見送った後。
(ああ、やっぱりこれは恋じゃねーや。)
と、妙に納得し、これから帝人の恋愛相談、もとい惚気に付き合わされるであろう未来の自分を憐れみながら俺は苦笑した。