二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
柚木@ツイ徘徊中
柚木@ツイ徘徊中
novelistID. 35328
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

鉄塔通りを意気地なしが通る

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 稲妻町商店街と鉄塔を繋ぐ小道を「振られんぼ通り」と呼ぶのだそうだ。「なんだそりゃ」と隣を歩く風丸に聞く。風丸は酔っていた。頬をほんのりと赤く染め、どこか覚束無い足取りをしている。その手を引っ張り、外れた道を進もうとするのを阻む。
「高校の時にな、鉄塔で告白するのがうちの学年で流行ってたんだよ」
「へえ」
「でも成功率があまりに低くてさあ、鉄塔から帰る頃にはほとんどの奴がどんよりしちゃってるんだ。それをからかって、振られんぼ通りって言い出した奴がいたんだよ」
それがあっと言う間に流行っちゃって、と風丸がからからと笑う。その足が再び茂みに向かって行くので、不動は溜め息混じりに相槌を打ちながら、さりげなく進路を正した。
風丸が、足取りが悪くなる程に酔うのは珍しい。普段は自分を無くさぬようにある程度自粛しているところがあった。しかし、時折たがが外れたかのように酒を煽る事がある。そんな時は後の処理が中々面倒なので、出来れば避けたい事態だったのだが、その思いは虚しく、今日は後者だった彼は酒屋で次々にアルコールを注文し、喉奥へと垂れ流していた。珍しく風丸から飲みに行こうと誘いがあったかと思えば、この様である。小石を踏んで大きく傾いだ身体を引き寄せた。
商店街の裏通りにある居酒屋を後にした二人は、風丸が好きに進むに従って、鉄塔への小道を歩いていた。暦の上では秋を迎えたが、まだまだ暑い夜は続く。繋いだ手と首筋は汗で濡れていた。生ぬるい風が時々木の葉を揺らす。その度に噎せかえるような土と草の匂いがした。あまりにも見当違いの方向に来たため、流石に止めたほうが良いと判断した不動が風丸の手を取ったのはつい五分程前だ。しかし、風丸が泣くのを堪えるように眉を寄せたのを見てしまい、何も言えなくなった。果たして、繋がれた手は抑止の役目を放棄し、風丸の歩くがままになっていた。
鉄塔を目指していることは進路から断定出来る。横目で見た風丸は、「振られんぼ通り」の話しをしてからすっかり口を噤んでいた。髪の毛の隙間から首筋が僅かに覗いている。髪に隠れて日の目に見ないため、風丸本来の肌の白さを保っていたそこに、今は頬と同じく朱が指していた。紅を薄く引いたような赤は扇情的で、思わず喉がなる。慌てて目を反らした。幸い、風丸は気づかずに、視線を足元にさ迷わせていた。
十年の年月は風丸を綺麗にした。それは不動が常々思っていた事だ。元々の中性的な顔立ちは、それまで無かった成人男性の色が強く混じり、中学時代の女子のような顔立ちから、男性特有の色気を備えた、なんとも形容しがたいものへと変わった。決して女性的ではなく、雄を強く感じさせるながらも、どこかに中性的な色気を隠し持っている、浮世離れしたような色香。不動はそれをすべて引っくるめて綺麗だと表現することにしていた。それ以外には適切に表現出来る言葉が見当たらなかった。
風丸はふと、顔を上げた。鉄塔が目の前に迫っている。不動はようやく歩みを止めた風丸から手を離すべきかと迷い、結局繋いだままにした。風が二人の髪を揺らす。ふわりと宙を漂った風丸の髪を眺めて、随分と伸びたものだと不動は妙に感心してしまった。
「今日、嫌な夢見てさ」
風丸が鉄塔を仰いだまま、ぽつりと呟く。横目で風丸を一瞥して、不動も鉄塔を眺める。濃い藍色の空を切っ先が裂く。その傍らで、星がちらちらと瞬いていた。
「へえ」と不動は気のない素振りで頷いた。その実、風丸に何かあった事は薄々感じていた。そのため、ようやくか、と言った思いが強かった。風丸は目を細める。遠い記憶に思いを馳せている様子だ。少しの間を開け、口唇を僅かに震わせた。薄く、形の良いそれに視線が留まる。彼が話し始めるまでの数秒、不動はその口唇が誰かに塞がれた瞬間を夢想した。柔らかい口唇が乱雑に重なり合い、風丸の空気を根こそぎ奪うように舌を動かし、角度を変える。風丸が苦し気に喘ぐ声さえも飲み込んで。そこまで考えて不動は目眩がした。
 何を俺は考えているんだ。欲求不満なのだろうか。それとも、風丸と同じように理性がゆるゆるになるくらい酔ってしまっているのか。どちらにしろ、これは酷いな。口唇を小さく噛む。
 風丸が何度か躊躇した後、囁くように話し始めた。
「円堂に振られた夢、みた。俺はちょうどここに立ってさ、隣の、不動がいるあたりで円堂がぼおっとしてて、好きなんだって告白した」
風丸が少し笑った。苦笑とも嘲笑ともとれる笑い方だ。
「そしたら、俺結婚してるから無理だよって円堂が答えたんだ。その後気づいたら円堂はいなくて、俺は一人でちょっと泣きながら家に帰ってた」
振られんぼ通りを一人で歩く、風丸の背中が頭に浮かんだ。「それだけなんだ」と笑って見せたが、目にうっすら涙の膜が張っている。不動は気づかない振りをして視線を反らした。
「そうか」
なんと答えるべきかと思案して、ようやく出た一言は素っ気ないものになる。それ以上何と言うべきなのだろうか。一つ浮かんだ言葉を胸の中で揉み消した。しかし次々と沸いてくるそれが喉元まで競り上がる。嘔気に似ている。
 キャプテンじゃないと駄目なのか。夢の中のあの男が今の俺と同じ場所にいたのなら、俺を代わりにすればいい。
繋いだ手は互いの熱を伝え、汗ばんでいる。言葉を飲み下す。どれも言うべき言葉ではないと、酒でおかしくなったはずの理性が歯止めをかける。代わりに、風丸の頭を一度、軽く撫でた。 風丸は驚いた様子で不動を見やり、くしゃりと泣きそうになりながらも笑う。
「ありがとう」と言った声は震えていた。腕を伸ばしてその身体を捕まえたい衝動を殺し、手を強く握るだけにとどめた。互いの目から視線を反らさずに、握った手へ交互に力を入れる。何度目かの往復で、
「帰ろうか」
風丸は言うなり、行きと同じように手を引いて先行する。その後を追いながら、最後にまた鉄塔を見上げた。次に来るときは、俺は風丸に何か告げる事が出来るであろうか。空に真っ直ぐ伸びた冷たい鉄に、出来るものかとせせら笑いを浴びされた気がした。今に見てろ、と睨む。
 その時、風丸の呟きが風に乗って届く。
「不動が居てくれて良かったよ」
照れた色の滲んだ言葉だった。不意打ちに面食らう。風丸の背中を慌てて振り返り、気づけば頬が緩んでいた。現金だと自分を毒づく。
立ち去りながら不動は、胃の奥か肺の奥か、取り敢えず身体のどこかに押し込めた告白の言葉を反芻する。その言葉の持つ熱量に呆れた。そして再び言葉をどこかに仕舞い込み、まだいいか、と風丸の揺れた髪の先をぼんやり眺める。告白も出来ないへたれた男が「振られんぼ通り」を歩く。滑稽な姿に不動は密かに笑った。