初恋懺悔
深夜2時。
コンコンと控えめな音で部屋の戸を叩く音に、僕は浅い眠りにつき始めた脳を無理やり起こした。
月に1,2回。僕の部屋ではこういう怪奇現象が起こる。
きっと僕が気のせいだったと思ってまた眠りにつけば、そのまま朝を迎えられる。
でも、その怪奇現象のワケを、僕は知ってしまったから。
そっと、ドアを開けると外の暗闇の中に溶けてしまいそうな、臨也さんが、これまた暗い表情で立っていた。
「・・・コンバンハ。」
無機質な声でそう言った臨也さんはそのままスルリと僕の部屋に入る・・・のが今までだったが、今日はさらに様子が違う。
そう声を発したきり、無言のまま僕を見つめる。
僕を見てるのに、僕を見てない。そういう臨也さんに、僕はいつも戸惑う。
「こん、ばんは。」
「・・・。」
僕が返事をしてみても、一切無反応。
臨也さんは本当にそこに「立って」居るだけだった。
・・・病んでるなぁ・・・。
内心呟きながら微笑んで見せた。
「なんで、笑うの?」
怒るでもなく、不思議そうな声で臨也さんが僕に問う。
「…嬉しいからです。」
「そう。」
臨也さんの返事はつまらなさそうだった。
そしてまた無言。
数分待った僕は外の寒さに冷え切った体をぎゅっと縮こませて見せて、「中に入りませんか?」と、声をかけた。
臨也さんは無言で首を振ってから、一呼吸おいて答えた。
「そしたら、決心が鈍る。」
「決心?」
「うん、君に、懺悔する。」
懺悔する決心?
なんですか、それ。
と、聞く前に臨也さんがくっ、と表情を歪めた。
「帝人くんが愛おしいんだ。」
『好きだよ。』とか『愛してる。』とかその手の冗談を聞いたことはあるけど『愛しい』って言い方は初めてだな、と冷静に頭の片隅で考えた。
僕がポカンとするのにも構わず、臨也さんはまるでそれが言ってはいけないことであったかのように苦しそうな、泣き出しそうな表情で続けた。
「好きで、好きで、でも、だから時々すごく憎らしくなる。」
「どうしよう、俺、帝人くんをたまらなく大事にしたいのに、同時に壊したくもなる。」
「傍に居てほしいのに、いつも突き放したくなるんだ。」
「ねぇ、」
「俺、こんなの、知らないんだよ。」
迷子になった子供のように、不安そうにそう呟いて、助けを求めるように僕を見た。
その瞬間、背筋がゾワリとしたのは、たぶん気のせいじゃない。
いつだって優位に立つのは『折原臨也』だ。
どんな人間も、彼の前で丸裸にされ自分を知って屈辱に顔を歪める。
僕はそういう『絶対的』な臨也さんに魅了され、危ないと知りながらも近づいた。
そんな僕に臨也さんは甘くなかった、それはもう、暇つぶしの道具にちょうど良かったのだろう。
だから、臨也さんが僕を抱いたのも、その延長線上だったはずだ。
僕が…というよりは人が快楽におぼれていく様子を高みの見物する気分は悪く無かったんだと思う。
僕は一度も拒否しなかった。
僕に嫌われたいと、誰からも愛されたくないと叫ぶその、臨也さんの行為を一度だって拒まなかった。
そんなことをすれば、もう一生臨也さんを失うことははっきりとわかっていたから。
だから、その時から僕は勝手にこれは臨也さんと僕の勝負だと思っていた。
僕が臨也さんに嫌気をさすのが先か、臨也さんが僕に飽きるのが先か。
だから、まさかこんな結果になるなんて、僕自身思いもしなかった。
「っ、臨也さん、自分が何を言ってるのか、わか「わからないよ。」」
「わかんないんだよ、もぅっ。」
怒ったようにそう言った臨也さんの顔は、暗闇でもわかるくらい真っ赤だった。
「わかんないけど、怖いんだ。」
僕が臨也さんに手を伸ばすと臨也さんは怯えたように体を引いた。
もしも、これさえも僕を騙すための演技だったとしても、もう構わないと思った。
嘘だったって良い、今、この瞬間、臨也さんに触れたい。
ぎゅっと抱きしめると、臨也さんの体が震えているのがわかる。
「帝人くんは知ってた?俺がこんな人間だったなんて。」
「知りませんでした。」
「疲れると思うよ、俺と付き合うの。」
「既に結構疲れ気味です。」
「だったら…。」
「だから、もう今更大して変わりません。」
「っ、」
臨也さんが息を飲んだ。
「僕も臨也さんが愛おしいんです。」
好きになって、ごめんね
臨也さんはそう耳元で囁いた。
ああ、だから『懺悔』なのかと、妙な納得をした。
でも、そんなこと言わなくて良いのに。
臨也さんにだったら例え、殺されたって構わないから。
知ったばかりの感情を、持て余して怯える臨也さんに
「僕の方こそスイマセン」と、心の中で呟いた。