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痴人夢を説く

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初めて会った時にも同じ事を聞かれたな、と。ふと蘇るのはまだ春の頃で。
古泉は転校生だった。何の変哲もない、ただ少し時期のずれただけの、親の仕事の都合その他諸々の諸事情に合わせて転居してきただけの一般男子学生。
あれは確か転入初日の午前、だったと思う。転入したての子が必ず休み時間に好奇心に満ち満ちた同級生に囲まれて質問攻めにあうというのがもはや標準装備であるように、例に漏れず古泉もそうやって「住所は?」「一人暮らし?どうして?」「彼女はいないの?」なんてそんな質問を矢継ぎ早に浴びせられていささか答えるのも億劫になってきたころだった。
彼女は突然古泉のクラスに現れた。そして彼女を怪訝な表情で見つめる同級生を掻き分け、突然古泉に言ったのだ。「謎の転校生ってあなたね!」と。
あの時の輝いた目は今でも克明に思い出せる。ついさっき新しい星を発見した天文学者のような、何か素晴らしい宝物を見つけた子供のような、そんな爛々とした瞳を古泉は他に知らない。見た事が無い。期待と羨望と野望の混じった、そんな底知れないほど澄んだ双眸に射すくめられて、どうしてか一番最初に浮かんだ言葉は美しいという形容詞だった。
何故か人を惹きつけるものを持っていると、あまつさえ素敵だとさえ感じた。今思えばあれは一目惚れに近かった。
驚く事に、後から話を聞けば聞くほど彼女が古泉に興味を持った理由はとてもシンプルなものだったことが分かった。たまたま変な時期に転校してきたから――それだけの理由で、彼女は古泉を気に入ったのだった。何か特別な理由があるわけでもなく、ただ彼女が「謎の転校生」という肩書きに何か一種のシンパシーを感じた、言ってみればそれだけの間柄でしかなかった。
しかもどうやら彼女は謎の転校生というのは世間一般の解釈よりとても事件性に満ち満ちたものだと思い込んでいるようだった。例えば学校を影で操る首謀者だとか、実は未来から来たのだとか、超能力者なんだ、とか。(ちなみに特に超能力者説が最有力候補だと信じているらしい)
唯一残念な事は、古泉がただの転校生でそれ以上でも以下でもなく、普通の一般市民でしかないということだけだった。それが当然で、それ以下ならまだしもそれ以上のことがあるということが物理的社会的肉体的にも有り得ないことぐらいは承知している。ましてや超能力など使えるはずもないのだ、それなのに、どうしてこんなに悔しいような悲しいような気がするのだろうと思う。そんなこと、あるはずがないのに。
彼女と一緒に居られたならそれでいいのに、そうでありたいのに。
そうして彼女もようやく古泉が本当はただの男子高校生でしかないのだと認めてきているのだろう。日々そっけなくなっていく彼女の態度から、次第に古泉の肩書きに対する興味が薄れていっていることは古泉自身にもあからさまに見て取れていた。それどころではなく、つまり彼女の退屈も不機嫌も古泉に少なからずの一因があるのだ。
つまりこの関係性はもはやいつ切れても可笑しくない状態にすらなっていた。
熱かったコーヒーもいつしか冷めるように、パフェの上のアイスが放っておけば溶けるように。

古泉の回答が気に入らなかったらしい彼女がもう一度問う。

「だってあなたは謎の転校生なのよ?それでどうして普通なわけ?」

彼女があたかもそうでなければおかしいとでも言うように、そしてそうでないことがつまらないというように眉に皺を寄せる。
彼女の買い被りによるつながり。とても細い綱の上をタイトロープダンシングするような、すぐ関係が途絶えても何ら不思議の無い、何より何の発展性も生産性もない関係。
だから、この彼女の問いはつまり関係性の確認なのだった。この回答ひとつで関係性は変わる。普通の人間ですと言えばこの関係は消える。実は超能力者なんですよとでも言えればこの関係は終わる事はない。
自分が超能力者であれば、そうであればよかったのに、そうでないということは紛れも無い変えようのない真実で、つまりその言葉に返答するに値する十分な答えを古泉は持っていない。
だから、そのまま黙っていることしかできなかった。せめてもの微笑付きで。

暖房の効いた店内では相変わらずジャズサウンドが流れている。外の景色にもやはり恋人達が闊歩している。それを少し羨ましく思いながら、もてあました右手ですっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
空になったコーヒーカップを古泉が置くと帰りましょ、と彼女が立ち上がる。続いて古泉も立ち上がって、忘れずに伝票を持ってレジに向かう。彼女は支払いを済ませる古泉を待たずに外に出た。寒いわね、と呟いて両手に息を吐いているのが横目に見えた。
その距離はあまりにも近くて、遠い。手ならいつだって暖めてあげられるのに、そうしてあげたいのに、触れられる場所にあるのに。触れることなど、できやしないまま。
彼女を呼び止める言葉も、持ち合わせていない。
そして頭に浮かぶのはたった一つの儚い願いだった。

(僕が超能力者であればよかったのに、)


































白い壁と白い床。そこは病室だった。
否、古泉の病室ではない。正式には彼の病室で、古泉はそこで彼の目覚めを待っていた、はずなのだが。
…どうやら知らない間に睡魔に襲われていたらしい。膝の上に剥きかけの林檎が転がっていた。

そうだ、ここは病室で、彼はもう3日も目を覚まさないまま眩しい純白のベッドに横たわっている。
痛々しい点滴姿と、とてもおだやかな顔がまぶしい。一体いつ目を覚ますのだろう。わからない。
ここ数日で機関の上層部は大変混乱していた。団の皆もひどい狼狽と衰弱ぶりだった。特に朝比奈みくるは見ていてとても心痛なほど泣いていたし、それを慰める我が団長の心持など想像を絶するところだろう。古泉は古泉で上の御方々ににお前がついておきながらこんな事態になるとはどういうことかとひどく叱責されたし、もうどうしようもないほど自責もした。長門有希は何か知っているようではあったが相変わらず口を閉ざしたままで何も教えてはくれなかったが、それでも心配しているような節はあった。

目を閉じる。うつらうつらとしている間に夢を見たような気がする。
なんだか、さびしい夢を見ていた気がする。
さびしくて、でもとてもしあわせな夢を、見ていた気がする。
彼女と二人だけの、そんな夢を。

彼の向こう側で寝袋に包まれて眠る彼女を見て、なぜだかほんの少しだけ彼が羨ましくなる。彼女に無償のやさしさを、無条件のおもいやりを与えられている彼が。ほんとうにほんの少しだけ。
そんな儚い感情を苦笑で沈めて、古泉は目を閉じる。

(僕が普通の人間であればよかったのに、)



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作品名:痴人夢を説く 作家名:えの