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2-2

「谷山麻衣さん」

不意にフルネームを呼ばれて、ビクリと体が跳ねる。
「驚かせてごめん。はじめまして、丸山勇人です。」
声の主に振り返ると、やさしい印象の先輩。――襟に「Ⅲ‐２」とあるから、三年生で間違いないと思う。

「はじめまして、谷山です。あの……」
「来てくれてありがとう。ダメモトだったから、嬉しいよ」
そう言って微笑んで話す丸山先輩の姿が、誰かの姿に被る。
「手紙にも書いたけど、友人の学校行事の写真に谷山さんも写ってたことがあって。それを見てから、ぜひ直接本人と話がしたいなって思ってたんだ」
「それはどうもありがとうございます。で、あの……」
ああ、こんなシチュエーションに慣れてない自分が恨めしい。自分が何を言いたいのかも分からなくなってきた。
あたしの話の続きを待ってくれているのか、丸山先輩は黙っているので余計に顔も見れなくなって、自然と俯いてしまう。

体感では5分以上経ってるけどきっと30秒も経ってない沈黙で、下を向いたままの頭がグルグルしてきたところに近くからざわめきが聞こえた。
顔を上げると、目の前の丸山先輩を見て驚いた顔をする何人かの男子生徒の姿がある。どうしたのかと見ていると、不意に手を掴まれる。
突然のことに抵抗する間もなく、先輩に引っ張られる形で校内に向かって歩き始めた。

＊

しばらく歩くと中庭に差し掛かり、人も少しまばらになった所でようやく先輩の歩調がゆっくりになったので、あたしは掴まれていた手をそっと外す。
「どうしたんですか、さっき」
あたしの問いに振り返った先輩は、少し寂しそうな顔をしてごめんと言う。
「俺、三年なんだけど卒業出来ないんだわ。しばらく入院もしてたから、この学校くること自体久しぶりで。だから、さっき知り合いが俺のこと見つけて驚いたみたいなんだ。急に引っ張ってごめん」
そう言って、近くのベンチに腰掛ける。
あたしだけ立っているのも変なので、少し距離をとって座る。
もう体は大丈夫なんですかと聞こうとして、出席日数が足りなくなるくらい長い間入院しているのであれば迂闊に聞けない気もして、結局黙ってしまう。
「まあ、体は良くなったからこうやって文化祭も参加してるしさ。今年受験しなくていいから、恋愛事にもチャレンジ出来るし。考え様によっては悪くないんだよね」
重い雰囲気を払うように、ね、と笑いながら話す先輩に、ここで文化祭を見ないで帰るとは言いづらく、「そうですね」と頷いてしまう。

「それじゃあ谷山さん、改めて、今日はよろしくお願いします」
手を差し出されたので、思わず握手してしまう。
「谷山さん、今日は何時まで時間大丈夫？」
「丸山先輩は、当番無いんですか」
もちろん、このイベントが終わらない限り強制的にバイトも休みのため時間は決まってない。本当ははすぐに断ってバイトに行く予定だったので答えづらく、質問で返す。
「俺、会計当番だから当日の仕事無いんだ。準備期間の金庫番と、文化祭後の収支報告するだけ」
完璧な答えに逃げ道がなくなったあたしは、「そうですか」と呟く。
「それと谷山さん。俺、谷山さんの先輩じゃないから、ユウトでいいよ」
「そうですか。では、丸山さん」
「勇人。俺、弟がいてさ」
「弟」
単語を、反射的に繰り返してた。
「そ。それで、俺の周りで名字呼ぶ奴いないから、丸山なんて呼ばれると変な感じで嫌なんだよ」
嫌と言われては頑なに名字で呼ぶことも出来ず、「わかりました」と頷く。
嬉しそうに笑う勇人さんを見て、なんだか自分が悪いことをしているようにすら感じる。
だってあたし、さっきからそうですかしか言ってないよ。普段はこんなにおとなしいキャラじゃないじゃん。ナルにだって噛み付くあたしだよ？ なのに。
終始相手のペースなのに不思議と嫌な気がしないのは、ふと感じる誰かの姿を重ねているからかもしれない。