Family complex番外 -もう一つの誕生日-
ー少し未来のはなしー もう一つの誕生日
「せんせい、さようなら」
かけられたいくつかの幼い声に「はい、気をつけてなー」と手を振る。
完全下校の時間を間近に控えた小学校は静かだ。
小さな机の並んだ教室の横を通って職員室に行くと、その入り口に見慣れた小さな姿があって、アントーニョは目を見張った。
「あれ、ロヴィーノどないしたん?今帰りか?」
黒いランドセルを背負った彼は、むすっとした顔を隠しもせずにアントーニョを見上げる。
その顔の高さを見て、いつの間にこんなに大きくなったんやろ、などと内心で思いながらアントーニョは目を細めた。
まだアントーニョの半分くらいしか身長のなかった頃から見ているから、感慨もひとしおだ。
出会った頃はアントーニョもまだ職探し中だったが、ロヴィーノはまだ本当に小さかった。そんな子も随分と大人っぽい顔つきになり、来年は6年に上がるのだ。
自分は今年3年の担任を持っていて、予想では来年も持ち上がりになるだろうから担任にはなれないだろうが、卒業式は泣いてしまうんやろな、などと思っていると、唐突に腹にパンチを食らう。
「ぼけっとすんな!」
「うっ…!…ちょ、なにするん!」
「まだ昼間なのに立ったまま寝てるんじゃねーよ」
「あのなあ…」
困り顔のアントーニョを他所にロヴィーノはぷいっと横を向く。
こういうところは相変わらずだ。
苦笑していると、アントーニョの耳にぼそっと小さな声が聞こえた。
「…誕生日」
「え?」
「お前、今日誕生日だろ!おめでとうっつってんだ!」
目を丸くすると、ロヴィーノは向こうを向いたままでそう言い放つ。
「…覚えていてくれたん」
そういえば、今日はアントーニョの誕生日だったのだ。
そうはいってももう二十代も後半であるから特に感慨も湧かないし、別に何が変わる訳でもなく、特に意識せずにいたのだが。
ロヴィーノは顔を真っ赤にして、こちらを睨むように見上げてくる。
「あ、あったり前だろうが!バーカ!」
「めっちゃ嬉しいわ!おおきに!」
今日がアントーニョの誕生日なのだと、一体どこで知ったのだろう。
まさかこの子が気にかけてくれているとは思わなかった。
思わず抱きしめると、やめろ!と叫ぶけれど、それ以外に抵抗する様子はない。
「…昨日はちゃんとケーキ作れたし、ほんまにおっきくなったなあロヴィーノ」
昨日は、二人の友人である菊の誕生日で、今年はルートヴィッヒとギルベルトの発案で皆でサプライズパーティをしたのだった。
ロヴィーノは、彼の弟とルートヴィッヒと3人で、フランシスのところで見事なデコレーションケーキを作って、菊を一際びっくりさせていた。
フランシスはプロのパティシエだが、彼はあくまで監督していただけで、ケーキはほぼすべて子供達が作ったのだという。
頭を撫でていると、子供扱いすんな!と手を払いのけられる。
「…お前は、いいのかよ」
小さい声で問われてアントーニョは首を傾げた。
「いいって何が?」
「誕生日!お前は祝われなくて、いいのかよ」
腕を解くと、段々と声を小さくしながらロヴィーノは俯く。
こういう時に自分の服の裾を掴むのは幼いころからの癖だ。
アントーニョは目を細めた。
本当にやさしい子だ。変わっていない。
「…心配してくれたんかい、おおきに」
「し、心配なんて…っ、俺は別に…。祝うっつったって、別にプレゼントも用意してねーし」
「お前がお祝いしてくれたさかい、もうそんだけで十分やで」
そう言うと、ロヴィーノはアントーニョを見上げてから、納得のいかない顔をしながらまた俯いた。
「ほんまだぞ。お前が祝うてくれただけで十分やから」
胸の中の暖かいものを噛み締めていると、自分でも知らずにしみじみとした声が口から出た。
昔は、誕生日を大勢の人にお祝いされたこともあった。
大きいケーキがあったり、行く先々でプレゼントももらったし、家に贈り物が届く事もあってその処分に困ったことだってあった。
思えば随分と贅沢だったものだ。
比べて、最近の誕生日は良くて友人がメールをくれるくらいが関の山で、プレゼントもケーキも、大勢の人に祝われることもない。
けれど、それでもどこか空しい気持ちをずっと抱えていたあの頃よりずっと満ち足りていると感じている。
「そうや、夕飯またうちに来い。今日お父はん遅い日だろ?」
問いかけると、ロヴィーノは俯いたままで一つだけ頷いた。
作品名:Family complex番外 -もう一つの誕生日- 作家名:青乃まち