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ありがとうが溢れてる

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「み、帝人・・・」
「はい?なんですか?」
呼ばれたので振り返っただけなのだが、静雄さんはう、と口篭って少し顔を赤くすると、すぐに僕から視線を逸らした。
「あー・・・やっぱなんでもねぇ。」
さっきからこの応酬だ。学校帰りに静雄さんと出会って、話があるというから僕の家が近いという理由で場所を移したのだけれど、先ほどから静雄さんは僕を呼んであーとかうーとか言ったまま用件らしいものを一向に言う様子は無かった。
「あ、そうか。」
僕が声に出すと、静雄さんはビク、と肩を震わせて、僕を見つめる。
「ど、どうかしたのか?」
「いえ、コーヒー淹れてこようと思って。静雄さんも飲みますよね?」
(考えてみればこうやって僕の家で二人っきりになるのは初めてだもんなぁ。結構緊張したりするんだろうな、静雄さんだし。)
静雄さんは結構照れ屋な部分があるからそれが原因だろう、と少しでも落ち着いてもらえるようにとコーヒーを淹れることにする。静雄さんのコーヒーにはミルクと砂糖を、僕のにはミルクだけを淹れて小さい机に置く。
「あ、ありがとな。」
「いえ。」
小さく頭を下げてお礼を言う静雄さんに思わず頬が緩んでしまった。この人は身長も僕より遥かに高いし、年上で、大人の男といった感じではあるが、こういう仕草をするととても可愛い。とまぁ、これは恋人である欲目からそう見えるのかもしれない。前にも似たようなことを正臣に言ったら『お前眼科行ったほうがいいぞ、むしろ頭見てもらえ。』と、結構真剣な顔で言われたので驚いた。静雄さんのことを良く思ってもらえないことが悲しくはあったが、それでもこういう意外な一面を知っているのが自分だけだと思うと、嬉しくもあった。
「それで、話ってなんですか?」
コーヒーを少し口に含んだままだった静雄さんがゴホゴホッと勢いよく咽た。僕が慌てて布巾を渡すと、すまないと小さく謝って机を拭いて、座りなおして姿勢を正す。
「その、お前ももうそろそろ卒業なんだろ。」
チラ、と僕を窺い見て尋ねる静雄さんに笑って小さく頷いた。
「はい。学校ってテストとか体育ある日は行きたくなかったりするんですけど、いざ卒業して学校行けなくなると思うとなんだか寂しい気もしますよね。」
本当にいろいろなことがあった3年間だったと思う。池袋に来て正臣と再会して園原さんに出会って・・・静雄さんと出会えた。それが一番池袋に来てよかったと思えることかもしれないな。と、静雄さんを見ると、静雄さんは居心地悪そうに顔を俯けた。
「それで、だな。お前もう18で卒業したら大人の仲間入りってわけで、だから、その・・・」
もごもごと口篭る静雄さんを急かすことなく見守っていると、覚悟を決めたのか俯かせていた顔を上げて、真っ赤な顔で俺を見つめた。
「お、お、お、俺と!!け、け、結婚してくれ!!」
つっかえながらもそういうと、静雄さんは懐から小さな箱を取り出して僕の前に差し出した。中にはきっと指輪が入っているんだろう。
「え、でも日本では男同士で結婚できませんよ?」
「い、いや、結婚とかじゃなくてもいいんだ。ただ、その、ずっと一緒にいてほしいってゆーか、その為に形だけでもってゆーか・・・」
不安そうに言い訳じみたことを言い連ねる静雄さんに僕は思わず苦笑する。
「そういうことでしたら、喜んで。」
にっこり微笑んでそう言うと、静雄さんは目に見えて嬉しそうな反応をした。
「ほ、本当かっ!?」
「もちろんです。僕だって静雄さんの傍にずっといたいって思ってますから。」
僕はそっと静雄さんの手の上にある箱を開けて二つ入っている指輪のうち、少し大きめの方の指輪を手に取る。
「静雄さん、形だけだし、2人しかいないけど永遠の誓いやります?」
静雄さんは恥ずかしそうに少し顔を赤らめて小さく頷くと、残りの指輪を手に取った。
「えっと、こういう時なんて言うんでしたっけ?」
「言葉なんてどうでもいいだろ。形だけだし、神様とやらには許してもらえるような関係じゃねぇし。・・・だから、俺はお前に誓う。帝人を一生幸せにするって。」
真っ直ぐ僕を見つめて、さっきまで顔を赤くしていた人とは思えないほど真剣な表情で言われて僕はかぁっと顔が熱くなるのを感じた。
「あの、その、僕も・・・静雄さんの傍にずっと一緒にいて、支えていくって誓います。」
一瞬静雄さんと目を合わせてふふ、と笑うと、お互いの左手の薬指に指輪を嵌める。
「じゃあ次は誓いのキス、ってやつだな。」
「・・・はいっ。」
目を閉じると、優しく唇が重なった。唇が離れてもう一度目が合うと、なんだか気恥ずかしくなって2人とも顔を赤くして、そして少しの間笑い合ってもう一度キスをした。





一生分かるはずもない花嫁の気持ちがなんだか分かったような気がした。


(なんだか、皆にありがとうって言いたい気分だ。)

今は近くにいないけど、今でも変わらず親友だと思える人に。

とても素敵で、憧れでもある友人に。

今まで出会えた親切で優しい人達に。






そして

今目の前にいるこの人に・・・・



   「ありがとう。」
作品名:ありがとうが溢れてる 作家名:にょにょ