二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ポーカーフェースにくちづけを

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「ねえ、ポーカーしてくれない?」

誰もいない昼下がり。同居人が一人増えてからは久々に獲得した平和な時間。もはや遊び相手が殆どいない成歩堂は、それを有効に活用する方法も思いつかないままソファでくだらない番組でも見ながらだらりと惰性に漬かっていた。
漬かっていた、というのに。
いきなりあがりこんできた男がぶっきらぼうにくつくつ笑いながら、そう耳元で囁くのがとても鬱陶しい。
まったくそんな笑い方も誘い方もどこで学んできたのやら、昔から全くどういう教育を受けているんだとそんなことを思ってはいたが、すぐに保護者がアレであることを思い出して無理もないと成歩堂は首を振った。テレビが生々しい昼ドラを流す間ずっと猫がじゃれついてくるように成歩堂の肩に顔をうずめて同じことばかりを嘆願している。彼のこの姿を彼のファンとかいうやつにその姿を見せたらきっと卒倒するにちがいないと思う。無論悪い意味で。
まるで視界にはいってすらいないように無視をすると、ねえ、ねえと子供みたいにじゃれ付いてくる。それが鬱陶しくてたまらない。しめて17回目の「ねえ」、で、ようやく成歩堂は口を開いた。

「子供にはまだ早いかな」
「失礼だな、もう24なんだけど」
「生憎君と遊んでやるほど暇じゃないんでね」
「昼間っからつまんないテレビみてるくせに」
「たまには休ませてくれないかなあ」
「いつも休んでるの間違いだろ」
「きみも早く仕事に戻るべきじゃないかい?」
「今日はぼくお休みなんだよ、だからお宅の娘さんのためにせっかく寄ってみたのに誰もいないし。」

あっ、そう。成歩堂が吐き捨てたセリフで会話は終わる。確かに娘はたいそう喜ぶだろう、きっと娘じゃなくて居候の彼も。その顔を想像すると一児の父(もはや二児の父のような錯覚さえ覚えつつあるが)としては嬉しいものがあるがそれが彼のおかげだとなると有難みなど欠片も無い。むしろ娘に気がないくせに愛想ばかり振りまくその態度が気に入らない。一度それを指摘すると「職業病なんだ」と笑ってきたので検事は笑っているのが仕事なんだね、と皮肉を言っておいたけれど、その笑顔が崩れることはなかった。

「だからポーカーしてくれないかな、ぼくと。それとも、あの娘がいないと勝てないのかな?」
「きみのお兄さんも同じことを言って負けていたけどね」

それでも、やるかい?見ていたはずの内容の見えない昼のドラマは気づけばCMに切り替わっていた。面白くないから仕方なく彼の方を見やると、神妙な顔をしたまま黙っている。こうやってもう居ない兄を引き合いに出すと彼はきまって面白くない顔をするのを成歩堂は知っていた。
そうして不機嫌になったままのかわいくない彼を腕を掴んで寄せて首筋を食むと、次は微かに悲しそうな顔をする。鎖骨は決まって鉄の味がする。色素の薄い髪が視界を覆って、そこでいつも兄と錯覚する。ああもしかすると帰ってきてくれたのかもしれないだなんて都合のいい夢を唇に乗せて押し付ける。けれど項に顔を埋めても、嗅ぎなれたあの薔薇の香りはしなかった。ためらう様な彼の指は確かに成歩堂を押しのけようとするのにこちらから絡めると力強く握り返してくるのは、きっと自分は兄ではないのだと言いたいのだろうと思うが、それがおかしくてたまらない。
健康的な焼けた肌も、さわやかな香水の馨りも、適度なアルトの声も、おびえたような目も何一つ似ていない。何一つとして似ていないのに、彼は自分が「兄の代わり」であることを極端に嫌う。不健康な白い肌も、鼻につく香水の馨りも、やたら甘ったるい耳障りな声も、眼鏡の奥から覗く厭世的な底無しの目も、もうどこにもないことくらい分かっているというのに。
彼を追い求めているのは一体誰か。もういなかったことにさえしようとする自分か、それとも極端に嫌って忘れようとしている彼自身か、あるいは二人ともそうなのだろうか。兄のひとである自分を求める彼も、アレの弟である彼を求める自分も。同じなのだろうか、結局は。
そうして決まりごとのようにくぐもった声が響く。もはやテレビのドラマからなのか、自分たちのものなのか判別もつかないくらいいっぱいいっぱいで、ただただ求めるようにまぐわいあって、そんな方法でしかお互い繋がっていることができない。それを恨むとしたら誰を恨めばいいのか、それは成歩堂にもわからない。
ただ、もう存在しない人間を忘れようとすること自体が滑稽なのだということは、よく知っている。


「ポーカーしてくれないの」

乱れた髪を戻しもしないで彼は不機嫌そうにそう吐き捨てる。しないよ。今まで、何年前からかもわからないくらい幾度となく繰り返されてきた応答。彼がその大義名分を振りかざして成歩堂に会いにきているのだということは、とうの昔に見抜いている。問えば彼は忘れたいから会いに来るという。それをみすみす拒むのが嫌なのではない。ただ、彼が本当に兄を忘れてくれたらいいのに、そうしたらどんな顔で自分を受け入れるんだろうとそんな煩悩だけが彼と自分をつないでいた。でもただそれだけの関係なのだと彼が知ることはきっとないだろう。彼が兄を忘れることも、きっとないだろう。
そんな、くだらない愛でも恋でもないものが、二人をつないでいた。
それが切れてしまったときに、きっと二人は。