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元帥杖

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「閣下、ひとつお聞きしても宜しいですか」

 薫り高い漆黒の液体が満たされたカップを手にし、フェルナーは執務椅子に腰を下ろしている上官を見やる。
 否<Nein>と言ったところで、素直に引き下がりはしないだろうに。そんな所感を浮かべつつも、さすがにそれを口にするのは些か大人気ないような気がして、オーベルシュタインはいつものように視線で承諾の意を表す。

「元帥杖は、如何されています?」

 元帥杖とは、元帥号授与の証として皇帝から与えられる、長さ五〇センチほどの杖のことである。素材はアルミニウムの本体に、プラチナの鍍金<メッキ>がされている。総プラチナ製でないのは予算を惜しんだわけではなく、重量を慮ってのことだ。五〇センチのプラチナ杖など、並みの鉄アレイより重い。

「何故そのようなことを聞く」
「いえ。他のお二人の元帥は遠征や閲兵式のときにお持ちのようですが、閣下が持っておられるのを見たことがないので」

 まさか、捨てたとか言いませんよね。その余計な一言は意識するまでもなく黙殺し、オーベルシュタインは極上のエスプレッソの薫りで肺を満たした。

「―――ロッカーの中だ」
「・・・は?」
「隣室の、ロッカー。あそこに入れてある」

 主執務室の隣にある控え室。軍務尚書の私室のようなそこには、簡単な応接セット、それに軍服の予備や私物を入れるロッカーがある。
 ロッカーといっても掃除道具を入れておくような簡素なものではなく、それなりにしっかりとした作りのものなのだが、皇帝より下賜された元帥杖の保管場所としては余り相応しくない。
「どうしてまた、そんなところへ」
 僅かに呆れの滲んだ声への答えは簡潔を極めた。曰く――出し易い。

 元帥杖は元帥号授与式のときだけに使われるものではない。帝国元帥として公の場に出る場合は勿論、実戦指揮を取る元帥の場合は、作戦行動中にも携帯している。言わば権威の象徴、手に持つ階級章のようなものなのだ。
 オーベルシュタインは前線指揮を取る立場にはないし、視察などのときも必要を感じないので持ち歩かない。だが、さすがに式典では持たざるを得ないので、そのときのためにロッカーへ入れているだという。ちなみに、同じ理由で、輝かしい勲章の数々もロッカーの中である。

「はあ、そうですか・・・」

 彼にしてはあまり芸のない返事をし、フェルナーは少し冷めた珈琲を啜る。
 何千万人という帝国軍兵士、士官が憧れる最高位、帝国元帥。その権威の象徴は、この義眼の元帥にとっては単なる道具のひとつでしかないのだ。
 しかし、考えてみれば合理主義な彼らしい。
 同じく元帥の証であるマントも、邪魔だからと平素はつけていない。元帥仕様の軍服と階級章だけの軍務尚書というのは、恐らく過去に例がないだろう。もし許されるのであれば、軍服すら、最も機能的で動きやすい戦闘服を着用するのではないか。

 自分が陸戦兵だった頃に着ていた戦闘服を身に纏って御前会議に出席するオーベルシュタインの姿を想像してしまい、フェルナーは思わず吹き出した。
 俯き、肩を震わせ一人で笑っている腹心へ、オーベルシュタインは感情の宿らぬ視線を動かしたが、いきなり吹き出した理由は敢えて問わなかった。なんであれ、ろくでもないことだというのは明白だからである。

「閣下」
「なんだ」
「閣下はきっと、寝衣でも帝国元帥に見えるのでしょうね」

 意味ありげな光を湛える藍玉の瞳を見やりながら、先程の予想が的中していたことに、オーベルシュタインは内心で軽く吐息をついた。

作品名:元帥杖 作家名:瑞菜櫂