金色の双璧 【連続モノ】
Scene1 40.沙羅双樹
『ここはわたしが死を迎える場所。君が立ち入って良い場所ではない』
そう頑なに扉を閉ざし、何人をもその中に踏み込ませなかったシャカ。
今、その中にかつての同僚を招きいれようとしているのは、シャカが死を迎える瞬間が訪れたのだということなのだろうか。
「そんな、まさか」という思いと、「とうとうその時が来てしまったのか」という思いが、激しく交錯する。順番からいえば、先に俺が果てるものだと思っていた。その俺でさえも今、生きているというのに。
あいつは死んだりしない。
死ぬ覚悟で臨むのだと、そういう意味での言葉のはず。
あいつが死ぬはずはない。
いや、みすみすおまえを死なせたりはしない・・・・!
処女宮までの階段を急ぎかけていく。淡く輝く髪を風に靡かせながら、ふうわりとした微笑を浮かべ、宮の前に佇むシャカの姿が脳裏に浮かび上がる。
決して心の奥を見せないおまえに焦れながら、それでも訪ねた日々。戦いに身を置く中でいつかは消え果てる命だとしても、僅かばかりの時を重ねたいと願った相手は他の誰でもない、シャカだった。
拒むでもなく、受け入れるでもない孤高の魂を追い求め続けた。
―――どうか・・・間に合ってくれ、頼む!
俺はまだ、おまえに伝えていないことがあるのだから・・・!
雪崩れ込むように処女宮に入ると、先刻俺が取り逃がした、冥闘士たちの冷たい骸だけが床に取り残されていた。シャカの姿も、そして冥闘士たちに紛れ込んでいたはずのかつての同僚の姿は見当たらなかった。ぐるりと周囲を探り、最悪の場所でシャカとそして懐かしい三人の小宇宙を感じた。
ああ、待っていてくれ。
おまえを一人で逝かせはしない。
おまえと共に戦おう。
だから・・・死に急がないでくれ。
広がるシャカの強大な小宇宙を感じ取りながら、重く閉ざされた扉の前に立つ。美しくも残酷な花が咲き乱れる、沙羅双樹の園へと続く扉は、決して開こうとはしない。シャカたちの激しくぶつかりあう小宇宙に気ばかり焦る。
そんな俺をムウが諌め、沙羅双樹の園に立ち入るなと忠告するのだった。何をバカなことを、と声を荒げ、食って掛かるが、ムウは静かに残酷な言葉を告げる。
『アイオリア、あなたにはわからないのか―――シャカがそれを望んでいることを』
俺ならば当然わかっていることでしょう?そう言わんばかりのムウの言葉。俺の中で音を立てて何かが崩れ落ちていく。そして、足元の大地がすっぽりと抜け落ち、まるで奈落の底に突き落とされたかのような錯覚に陥った。
認めたくはない真実を容赦なくムウに突きつけられたその時、強大な小宇宙の爆発とともに、シャカの小宇宙が弾け飛んだのを感じた。
なすすべもなく、ただ指を咥えて・・・俺はおまえを失ったのだということを・・・永遠に届かぬ場所へとおまえが旅立っていった残酷な事実を受け止めるしかなかった。
叩きつける拳の痛みなど、この心の痛みの万分の一にも満たない。
溢れ出る涙は悲しみではなく、怒りの涙。
力なき己への怒り、裏切り者への怒り、そして・・・ひとり旅立ってしまったおまえへの怒り。
―――必ず、おまえの敵は討ってみせる。
そう心に固く誓うと共に、長くは続かないだろう己の命が果てた時、告げられなかった言葉を今度こそ口にしようと決心し、サガたちとの戦いに臨んだ。
そして――・・・。
戦いに明け暮れた日々に終焉が訪れた。
ふたたびの夜明けを迎えた喜びを噛み締めながら、新たなる生を俺たちは生きていく――・・・。
一歩一歩と連なる石の階段を上る。
最後の戦いの時、様々な想いを描きながら駆け抜けた階段。シャカをただひたすらに想い、その命が尽きぬことを望みながら、急ぎ駆けていった場所をゆっくりと。降る太陽の陽射しが肌を焦がすのもかまわずに、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめる。
―――今日こそ、今日こそは・・・伝えよう!
ぐっと拳を握り締め、意気込む。
前を見据えるとようやく再築された処女宮の真新しい大理石の入り口が見えた。その柱には件の彼が背も垂れている姿が見えた。自然に毀れる笑顔を金色の男に差し向けたその時、颯爽と吹く風に乗って、沙羅双樹の花弁が舞っている幻が見えた気がした。
アテナに想いを託したという沙羅双樹の花弁は、今度は俺に向けてシャカの想いが託されたのだろうか。
ちゃんと届いているから、俺にはおまえの心が。
だから、今度はおまえに届けよう。
ずっと伝えられなかった真実(ほんとう)の言葉を・・・。
作品名:金色の双璧 【連続モノ】 作家名:千珠