チョコレートケーキ
「これ、どうしたの?」
「駅で売ってたから、幸村に買ってきたんだ」
かわいくラッピングされたチョコレートを買う勇気はなかったから、代わりに。なんて言えず、戸惑った様子の幸村をニコニコと見ていることにした。
付属の小さなフォークでケーキを丁寧に掬って食べている。
食べ方綺麗だな、とか、思ったより喜んでくれてる、とか。ぼんやり思ってた。
「君の分は買って来なかったのかい?」
「……忘れてたよ」
まさか、自分にバレンタインのチョコレートを用意するなんて考えていなかった。
なにそれと笑う幸村につられて笑う。
また、フォークでケーキを掬った。飾りのチョコレートクリームがたっぷり載っている。
「はい」
ずい、とケーキの載ったフォークを口元に差し出される。
「え?」
「食べたいんじゃないの? さっきからじっと見てたから」
一瞬、何のことか分からず戸惑ったけれど、ケーキを差し出されてどうしても食べさせたいことを察する。
「ほら、口を開けて」
「や、いいよ」
「良いから」
「……っ、」
断ろうと首を振ったと同時に、近づいたケーキが口元にぶつかって落ちた。鼻と唇にチョコレートクリームがついた。
「あーあ」
勿体ない。クリームを拭おうとすると、ガタンと音を立てて立ち上がった幸村に右手を掴まれた。
「幸村?」
驚いていると、突然、幸村の顔が近づいてくる。
「――っ!?」
鼻に温かい湿ったものが触れる。
状況が分からず、舐められたと気づくのに一瞬だけ遅くなる。
「ちょ、幸村……」
「ほら、唇にもまだついてる」
そう言って、幸村はクリームを掬い上げるように唇を舐めて、甘噛まれる。文句を言おうとすると、ぐっと唇を押し付けられた。
「よし、綺麗になった」
「綺麗になった、じゃないよ!」
「そうだね、まだ不二はケーキを食べられてないもんね。あ、口移しが良い?」
楽しそうに言い放つ幸村に、深くため息を吐くしかなかった。