専務と秘書
「はい、すぐお持ちします」
いつもの定例会議が終わると、専務はいつになく疲れた様子でソファに深くもたれかかっていた。
何かトラブルでもあったのだろうか、書類に目を通す顔が曇っている。
最近は特に仕事量も増え、残業続きだ。
いつもなら仕事の合間に冗談を飛ばしたり悪ふざけの一つでもしているところだが、その元気もないように見える。
「専務、お茶です。」
「んー、サンキュ。」
湯呑みを受け取るとお茶をすすりため息を一つ。
「何かトラブルでも?」
机の上の書類を整理しながら尋ねた。
「何?心配してくれてんの?」
いつもの意地悪そうな笑みを浮かべてこちらの顔を伺ってきた。
「…決算の大切な時期ですし、今貴方に何かあると困る事が多いので」
わざとそっけなく答える。そうしないとおもしろがって本題の話ができなくなる。この人の厄介なところだ。
「んだよ、冷てぇな。」
不満顔で文句を言う姿はいつもと変わらないので少し安心する。
「で、問題は解決しそうなんですか?」
「当たり前だろーが。これくらい処理できねぇと俺が丸川に来た意味がねぇだろ?」
自信たっぷりに言い放つといつもの鋭い眼差しで見上げてきた。
30歳という異例の若さで専務にまでなりえたのはただ単に社長の息子だからというわけじゃない。
この人の仕事に関する能力の高さあってのものだ。
「あーきょうは久々に飲みに行きたい気分だなー。朝比奈お前も付き合えよ。」
「専務、今日はここにある書類を片付けていただかなければ退社するのは無理です。」
分類した書類を机の上に並べると彼はうんざりした顔をして、頬杖をついた。
「ここにある全部かよ?」
「全部です。」
きっぱりと言い放つとジロリと睨みつけられたがいつものことなので気にしない。
「休憩が終わったならさっさと片付けていってくださいね。徹夜勤務は体の毒ですから」
「…お前ね、俺の体に気使ってんなら仕事量つうのを考えろよな…」
ため息まじりに文句を言いながらも手は動かし書類に目を通しているようだ。
「外へ飲みに行くのは無理でも家でいくらでも付き合いますよ。まぁ仕事が済めばの話ですが」
そう一言付け加えると一瞬顔をほころばせてこちらを見上げ、てきぱきと書類を片付け始めた。
…まったく現金な人だ。いつもこんな調子で仕事を片付けて頂きたいものだけれど。