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スタッカートで宜しく

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例えば何が嫌いかって、深呼吸をした時に肺と心臓を直接冷やされるような、清々しいけれど妙に気持ち悪い、中毒になってしまいそうなあの感覚。――違う。呑めり込んで嵌まり込んで、沈んでいきそうなくらい、既に中毒だった。
冬。必ずとは言えないけれど、誰もが寒さに閉口する季節。そこら中に重なった雪はまだ朝も早いこの時間、真っさらという言葉がぴたりと当て嵌まるように模様が無かった。全てが消えたグラウンドで、風丸は少しだけ自分が流されてしまったのを感じた。日は未だ向こう側だ。丁度、夜が明ける瞬間を見計らって、風丸はグラウンドに足を踏み出した。踏み締める音。靴越しでもわかる冷たさは確かに今日はじめてのもので、早く誰か来ないものだろうかと彼に思わせる。この妙な高揚を伝えたい。きっと、それはとてももやもやしたもので上手くは言えないだろうが。でも伝えるなら円堂がいい気がする。彼とならこの思いを共有できるはずだ。自分と彼の思考回路が似ていることを、風丸はずっと前から知っていた。

「早いな」
以外にも次に来たのは鬼道だった。声の主を見ると、風丸は思わず吹き出す。
「お前…それ…」
ジャージの上にはコート、手には毛糸の手袋、マフラーは口元まで隠し、おまけに耳あて。
「寒いんだ。」
いつもと変わらぬ凛々しい顔で言い放ったが、きっと手を突っ込んだポケットの中には、左右どちらもカイロが入っているに違いない。
「あったかいか?それ」
「ああ」
着膨れしてもこもこな鬼道が今どんなにかっこをつけても、残念だかファンシーにしか見えない。しかもどこか嬉しそうな彼は、なぜか兎を彷彿とさせた。
「何笑ってるんだ風丸」
「いや…だって…」
きっと温かいのだろう、と思うと、彼に比べていやに薄着な自分を思い出して風丸は身震いをした。それを見た鬼道は少し考えこんだ後、唐突にポケットに入っていた手を出して風丸の手を握った。

「あったかっ」
「だろ?」
「いや、だろって…」
「それをやる」

言われて鬼道の手は離れた。見ると握らされたのは案の定カイロだった。
「それでお前は早くコートを着てこい。今日は部活は休みだ。」
持ってきてないとは言わせんぞ、とファンシーな鬼道がこちらを見た。
「コートは持って…」
駄目だった。きてるけど、と言いながら、やはりファンシーな彼なんて言っては悪いが、シュールすぎて耐え切れずに笑ってしまう。
笑うな!と頬をつままれて言われたが、如何せんシュールなのだ。
「第一俺が電話した時点でもうお前が家にいなかったのが悪い!ほら、早く着替えてこい!」

ゴーグルの奥の瞳が見えた。同じ赤でも、鬼道の瞳は確かに自分のとは違った。
彼のはきっと、自分のより、深い。
それを思い出しながら、風丸は部室へ走るのだった。
作品名:スタッカートで宜しく 作家名:ろむせん