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おとぎ話のはじまりはじまり

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【おとぎ話のはじまりはじまり】臨帝/A5コピー/P40の冒頭抜粋




おとぎ話のまえがきとして



 竜ヶ峰帝人の話をしようか。

 彼はただの少年だった。
 どこにでもいる少年。
 もう何処にもいない少年。
 愚かだったかもしれない少年。
 愚かになりきれもしない少年。
 非情でもない残酷性をよりにもよって俺に向けてきた、たったの一人。
 俺はきっと好きだった。きっとも何もないんだけどね。
 困ったことに好きになってしまったのさ。あんな子を。
 馬鹿だよね。自分でもあり得ないって思うよ。
 でも、もう仕方ないんだ。
 諦めた。
 好きだっていうのを仕方がないから認めてやるよ。
 だってもし違うなんて未だに否定していたら祟られるかもしれないからね。
 それこそ俺が求めてるものかもしれないけどさ。
 目に見えなくても永遠に君がそばに居る。
 それも一つの幸せだろうね。
 俺が言うのもなんだけど帝人君は最後の最期まで全く優しくなかった。だから、本当はもっと優しかったんだってそんなところを見せて欲しい。俺のことを考えてたんだって教えて欲しい。
 女々しいのも湿っぽいのも嫌になる。
 俺が俺じゃないようだ。
 帝人君には嫌な思いばかりさせられる。
 懲り懲りだって、こんな思いは一回だけで十分だ。
 帝人君に対してだけで、もういいんだ。



 これはただの回想録でちょっとばかりの嘘と本当と喜劇があるだけ。悲劇だなんて口が裂けても言えやしない。
 だって、誰にとっての悲劇なんだ。
 帝人君と俺の、折原臨也のなんでもない何処にでも転がっている教訓にもならないおとぎ話。
 彼が残した日記帳を元に世界を綺麗に描いてみせよう。 誰のためでもない。俺が俺の心を落ちつけたいためだ。
 思い出に縋るなんてらしくないことを俺がするわけない。
 思い出にしないために書き綴るんだ。
 どんなことでもやがて忘れてしまうだろう?
 いずれは過去になるのだろう?
 そんなのはごめんだ。
 だから、思いを言葉として書き記す。
 読めば思い出すかもしれない。
 あの日のやわらかくも甘かった寒空の下での最後の夜。

 竜ヶ峰帝人の話をしよう。

 君は彼のことをどれだけ知っている?
 ちなみに俺は何も知らなかった。
 情報屋だけどね。神様じゃないからね。
 彼がどう思って、どう生きて、どう諦めて、何を目指していたのかなんて知りもせずに日々を過ごしていたよ。
 帝人君の方だって別に俺に知られたいとも思ってなかっただろうね。特別に隠したりしなくっても少し驚かせてやろうってそのぐらいの気持ちはきっとあったはずだ。
 あんなに得意気だったんだから。
 俺がどう思うかぐらい考えてたはずなんだ。
 俺がどう思ってたかぐらい知っていたはずなんだ。
 降り続ける雪の寒さに俺が凍えないようにぬくもりを残していったんだろ。
 この白い日記はそういうことだろ?
 真っ白な心を俺に届けるなんていう酔狂をしてくるなんて思ってなかった。
 目を瞑れば思い出せる。
 白い息。うるさい心臓。繋いだてのひら。
 覗きこんでくる無遠慮な瞳。
 少し困ったような微笑み。
 口から出てくる言葉は世間話に近かった。
 とりとめのないそんな言葉じゃなくてもっと別のモノがあるんじゃないのかと探してみたけど何もなかった。
 言わないといけないような大切な事なんかなかった。
 その時に触れ合うものが全てで。
 寒さから逃げるのが難しかった。
 白銀に染まる周囲を笑うよう足元は泥だらけ。
 どこにだってある光景。
 鼻の奥が寒さにツンと痛くなる。
 戻ることのない過去の痛み。
 帝人君と過ごした冬の日。
 停滞した季節を鮮やかに彩りもしない平凡な毎日。
 近づく別れから遠ざかることも出来なかった冬。
 全てのものが止まったような静かな世界。
 煌めくものに触れたんだ。
 これが最後なんだとした決意は実に喜劇的だった。本当。