日記に残さないで
いつものごとく合鍵で進入した帝人くんの部屋に入り、物色、じゃなくて掃除をしていたところ世間一般で言われる『日記』とやらを発見してしまった。
俺からすればこの日記を読むことで帝人くんの普段どんな風に過ごしているのか分かって嬉しいことこの上ないのだけれど、これを読むことによって帝人くんに嫌われてしまうかもという大きなリスクも生じることになる。
見るべきか、見ないべきかうんうん唸ること早くも30分。
「あーもう!見ちゃえ!!」
悩んだあげく結局自分の好奇心を抑えられずに俺は1ページ目を捲ったのだった。
日記には今日は何を食べたとか、どんなことがあったのかとか他愛のないことが書かれていた。
正臣と園原さん、という単語が多くてイラッとしたり、シズちゃんと会って話したなんてことが書かれていた時には思わず日記を破り捨てそうになった。
でも俺と会ったこととかどんな話をしたとか書いてあったのを見て嬉しくもなった。
しかし、そんな気持ちも次のページを捲ってみて一瞬にして消え去る。
×月○日
ええっと、こんな自分しか読まないような日記でこんなふうに動揺しながら書くのもおかしいと思うけど、どうやら自分には好きな人ができたらしい。
といっても恋なんてしたことなんてないからこの気持ちが本当にそうなのかは分からない。
でもきっとこれはそうなんだろうな。
ああ、認めるとなんか恥ずかしくなってきた。
ってこれ日記だから別にいいか。
いや、でも誰かに見られたら・・・
あ、名前出さなければ大丈夫か。
本当に帝人くんは自分の感情に動揺していたのだろう。
それまではまるで学校の作文みたいに丁寧に書かれていた文章がこの日だけは自分の頭の中を整理しながら書いてあるみたいだった。
そのページの次からはその片思い相手とやらのことばかり書かれていた。
今日は一緒にどんなことを話したとか内容は俺とか他の奴らと同じような感じだったけど、文章から嬉しいとか楽しいとかそういった感情がにじみ出ていた。
帝人くんに思いを寄せられている奴が憎らしくて、殺したくて、そしてどうしようもなく羨ましくて仕方がなかった。
最早、嫉妬だか憎悪だか羨望だかで訳がわからなくなったままパラパラとページを捲っていく。
そしてまたひとつのページで目を止めた。
△月□日
最近、本当にヤバイなって思う。
もう顔見ただけで「好きです。」なんて何回も言いそうになる。
(必死に隠してるけど。)
どうせ叶わないならいっそフラれちゃえば楽になれるかな?
・・・うん、その方がいいかもしれない。
なんていうか、恋が楽しいものだなんて誰が言ったんだろう?
最初は確かに楽しかったけど今は辛いことの方が多い。
だから・・・明日でもう終わらせようと思う。
フラれちゃえばきっと楽になるだろうから。
俺はそれを読んで自分が一体どんな感情を持てばいいのか分からなくなった。
それは昨日の日付、つまり帝人くんはもう告白したか、あるいはこれから告白するつもりなのかもしれないということ。
帝人くんがフラれて俺が慰めたら帝人くんは俺を好きになるかもしれない、という期待と、もしその人と両想いで付き合うことになっているかもしれない、という絶望。
頭が混乱したまま日記を持って立ち尽くしていると、そこへ現在進行形で俺のことを悩ませている元凶が帰ってきた。
「あれ?臨也さん来てたんですか?」
そう言って、俺の手に日記が握られているのを見てサァッと顔を青ざめさせる。
「ちょっ!?何で臨也さんがそれ持ってるんですか!?てゆうか読んだんですか!?」
俺が小さく頷くと、帝人くんはあれ?といった顔をした。
日記の内容についてからかわれると思っていたのだろうが、今の俺にはそんな余裕は無かった。
「ねぇ、帝人くんの好きな人って誰?告白したの?」
帝人くんは少しの間視線を泳がせると、覚悟を決めたように真っ直ぐ俺を見つめた。
「そう、ですね。臨也さんにも知られちゃいましたし、これからしようと思います。」
俺は今まで感じたことのないような、まるで底なし沼に沈んでいくようなそんな感じがした。
軽い絶望感に浸りながら、フラれちゃえばいいのに、なんて今までで一番最低なことを考えたりした。
そしたら俺が帝人くんを愛して愛して愛して、好きだった人のことなんか忘れさせて俺に溺れさせてやる。
そんなことをつらつらと頭の中で考えていたから、次の瞬間帝人くんに抱きつかれた時の反応が遅れた。
「僕、いいい臨也さんのことす、好きですっ!!大好きなんです!!」
俺の頭は混乱に混乱を重ねてショート寸前だった。
それでも帝人くんの言葉を必死で理解して、本当に?なんてカラカラに渇いた喉で絞りだした掠れた声で聞き返した。
「ほ、本当です。冗談で男の人にこんなこと、言いませんっ!」
俺は堪らなくなって帝人くんの唇に噛み付くようなキスをした。
唇が離れると、きっと情けなくなっているであろう笑顔を向けて言った。
「俺もね、帝人くんのこと好きだよ。」
だから、今日の日記には何も書かなくていいよ。
書かなくたってちゃんと俺がきっと一生覚えてるから。
━━━ああ、なんて素晴らしい日なんだろう!!