白馬の王子様
そうジュイスに言って、気を失っている咲の顔をじっと見た。愛おしさが込みあげてくる。
咲のためにも・・・。この子が二度とあんな思いに苦しめられないように。
滝沢はぐっとハラに力を込めた。これしか、ない。俺がこの子の信頼に、気持ちにこたえられる精一杯のこと。意を決して、滝沢はジュイスに言った。
「で、それをやり通すために、もう一度記憶消して欲しいんだ。ワシントンの時みたいに」
「・・・いいんですか?」
「うん・・・それが、この子に俺ができる最高のことだって、思うんだ。それと、ジュイス・・・いろいろありがとう」
「どういたしまして・・・。今度会う時は、素適な王子様たらんことを」
「・・・そん時も、このままの俺でいたいよね」
(咲と出合った俺のままで・・・)
屋上遊園地に朝日がさしてきた。
(せめて、ラストシーンは、ステキに決めたいな)
滝沢は咲を抱いて、メリーゴーランドへ向かった。白い木馬を探して、咲を乗せ、自分も後ろから乗る。咲を後ろから抱きしめながら、咲の顔にかかった髪の毛をそっと流して、顔についた汚れを手でぬぐった。
白馬の王子様ってわけじゃないけどさ。咲をお姫様みたいに抱えていたいんだ。
もうすぐ俺の記憶なくなるけど。
咲に、俺のこと覚えていてほしいんだ。咲が俺のこと思い出すときに、この白い木馬に二人で乗っているシーンを思い出してほしいんだ。
「咲、信じてくれてありがとう。俺はずっと君と旅した場所にいます・・・」
滝沢は携帯に留守電メッセージをふきこみ、咲の額にそっと口づけした。
「ん・・・た・・きざわ・・くん?」
咲が意識を取り戻して、彼の名をつぶやく。
「咲・・・」
滝沢は咲にやさしく笑いかけた。
後ろから抱いている腕に力をこめる。
咲にいろいろ言いたいような気もしたし、何も言わないほうがいい気もした。
咲も黙って、自分の腰に巻かれた滝沢の腕に自分の手を重ねた。
そうだ。咲にゴールデンリングをとってやろう。
俺の記憶がなくなっても、俺は咲を忘れやしない、きっと思い出す、俺はずっと咲を待ってるって。その気持ちを込めて、もう1回必ず会えるよ、って気持ちを込めて。咲にゴールデンリングを送ろう。ゴールデンリングをとれば、何回でもメリーゴーランドに乗れるんだ。俺が何回記憶なくしても、必ず咲に会えるよ。咲、信じていて・・・。俺をみつけて。
しかし、そのメリーゴーランドにはゴールデンリングがなかった。
「チェ!このメリーゴーランド、ゴールデンリングがついてねえや」
滝沢が残念そうにそう呟いたとき、耳に押し当てたままだった携帯から、ガラガラとファックスマシーンのような音が聞こえてきた。
(あ・・・・)
滝沢は最後の意志の力で、携帯を咲の上着のポケットに入れた。
(さ・・き・・・)
咲は木馬に乗ったまま、滝沢の手を握り締めている。
咲。ずっと、あの場所で、君を待ってる・・・
急速にもやがかかってく意識の中で、滝沢は最後にそう思った。