両思い
俺の恋焦がれる女性は、人間ではない。死神である。人間離れした美しさは、もしかしたら死神だから…なのだろうか。彼女はあまり戦場の前線で戦うということがない。あまり、というより俺自身見たことがない。彼女の手が血に汚れるとき。それはきっとけが人を手当てするときにほかならない。心優しく、護挺十三隊の母といっても過言ではないのだろう。母を幼い頃に失ったから、母性を求めて卯ノ花烈に恋焦がれているのかもしれない。いい歳してマザコンか…と俺はやや自虐的になっていたときだった。
「こんばんは。黒崎さん」
空に向けていた顔を前に戻す。すると、丁度俺の胸に鼻がつくんじゃないか、という距離に”彼女”は居た。身長が俺よりも低いため、必然的に彼女は俺を見上げる形となってしまう。先ほど卯ノ花さんのことを考えていたこともあって、いつもよりドキドキした。
「あ、こんばんは。んと、いつからそこにいたんすか?」
距離が近いので、やや後ろに後ずさりながら。彼女に動揺を悟られないように平静を装いながら挨拶に応える。
「あなたがいきなり感慨深気に空を見だした頃からです。丁度、その頃から雪も降っておりましたから、小一時間程度前からでしょうか」
「は?一時間もここで…なにしてたんすか」
「貴方が、いつ気付くだろうと思って」
そう言って、柔らかに微笑んだ。そして、俺が後ずさった分前に詰めてきた。つまり、俺が顔を上げたときと同じ距離となってしまった。
「…俺になんか用ですか」
「用がなくては貴方に喋りかけてはいけないのですか」
やや不機嫌そうに目を細め、アゴを若干あげた。見上げられているはずなのに、見下ろされている気分になった。
「ん、いや。そういうわけじゃないんだけど。ただ、その」
「なんですか」
「特に用もないのに小一時間待つってのは…どうかなって。別に用がなくちゃダメってわけじゃないんですけど」
慎重に言葉を選びながら、卯ノ花さんの顔色を伺う。
「あぁ、そういうことですか。たいして理由もないのですが…強いて言うなら気まぐれですよ黒崎さん」
気まぐれ…。俺は、今の今まで突然現れた卯ノ花さんに対し疑念ばかりだったが、よく考えればチャンスだ。好きな卯ノ花さんと一緒にいられる機会なのだ。護挺十三隊四番隊隊長である彼女はとても忙しい。こうして二人っきりで会う時間などないのだ。うん、よく考えればとてもラッキーな状況だ。
「さ…寒くないッスか」
「はい?」
「いや…見たとこ隊首羽織だけだし、雪ふってさみぃし。大丈夫ッスか」
「あぁ」
そういうことですか、と。そう言って俺の上着の袖をつかんだ。
「確かに…少々現世は寒いですね。貸していただけますか?」
「お…俺の上着ですか」
「ん。ですが、そうすると黒崎さんが逆に寒くなってしまいますね。今のは忘れて下さい」
そう言って困ったような、残念そうな顔で笑った。
「いや、いいっすよ。俺、今日ヒートテック着てますから」
卯ノ花さんに上着を貸す口実で適当に言ったことだった。しかし、卯ノ花さんは首をゆっくりとした動作でかしげて見せ、
「ひーとてっくとは、なんですか?」
と聞いてきた。あぁ、まぁ最近でたばっかだしなぁ…と思う。ソウル・ソサエティにはまだないのか。
「あぁ、下着っつうか、肌着ですよ。熱が外に逃げないから着てるとすごくあったかく
て。あっちにはまだないんですか」
「ええ。ありませんね」
すぱっと話題を切られた。本人にはそういうつもりがないんだろうが。
「えーっと、だから上着なくても寒くないんすよ。どうぞ、着てください。じゃなきゃ、見てるこっちが寒くてたまんねぇ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って、俺の上着を羽織る。俺の中の卯ノ花さんは、私服が着物というイメージだから、こういうものを着るとむず痒い感じがした。
「んじゃ、もう遅いですし、俺はこれで!」
俺は、卯ノ花さんの横をすり抜けて走っていった。上着を貸したままにしておけば、いつか俺のところに返しに来てくれたり、そうじゃなくても俺が返してくださいって言って四番隊の彼女のもとへ行く理由になる。下心ありありで、バカバカしくなってくる。それに、卯ノ花さんのことだ。現世に行こうとする花太郎あたりに頼んで俺の上着を返させるだろう。
だが、もしかしたらがある。そう思ってやや足取りを弾ませながら家へと急いだ。
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「黒崎さん」
黒崎一護が行った後、一護の上着を羽織った私だけが残された。
「まぁ、もう少し…しゃべりたかったと言うのに」
この歳になって、十代の青年である彼に恋するとは…私は苦笑した。
やはり迷惑だっただろうか?いきなり現れた私に彼は、不信感をあらわにしていた。コンビニで働いているらしい花太郎を見に来たら、花太郎と楽し気に喋っている彼が目に入った。顔が赤くなるのを感じ、バカバカしいと自虐に浸りながらも、彼に会えて嬉しいという感情のほうが上だった。気付いたら、コンビニから出て家に帰ろうとする彼を追いかけていた。これでは、現世で言うストーカーではないか。そう思っていると彼が細い路地のどまんなかで止まって、空を見だした。気が付けば雪が降っていた。そんな時だった。
「卯ノ花さん」
気付かれたと思った。しかし、彼は依然、空を見たまま。彼が自分の名を、その形の良い唇から紡いだことが信じられなかった。今なら、彼に。触れられそう。徐々に彼との距離を詰めていき、彼の胸に自分の鼻が当たるんじゃないかという距離まで近づいた。唇をなぞろうとして、途端に彼が消えていってしまいそうな不安に駆られた。
「黒崎さん」
そうして、彼の名を呼んでしまったわけだが。
そういえば、と思う。彼に借りたこの上着。どうしよう?花太郎にでも頼んで返してもらおうかしら?と思って、
「ダメですね」
自分で返そう。そうすれば、彼に会える理由ができる。いきなり家に行ったら彼はどんな顔をするのだろう。学校に行ったらきっと怒られてしまうのだろう。
顔がほころんでいるのが、自分でもわかった。
「一護さん」
そう言って、私は唇を指でなぞる。烈さん、と。彼に呼ばれたら、どんなことよりも私は喜ぶだろう。彼を名前で呼んでみたい。私がこんなにも奥手だとは。
「これでも、山本総隊長にひけをとらない程度の年数は生きているんですよ」
朽木ルキアや井上織姫には負けていられない。彼はモテモテなのだし。
この二人が結ばれるのは、そう遠くない未来なのだろう。