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鎖【アルジュ】

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鎖を引いた。鈍い音がする。
 それは、果たして鎖が立てた音だったのか、それとも、心が立てた音だったのか。



 光に照らされて白く光った針を、ジュードの指が弾くと、中に入り込んだ空気が抜けるように、先から少しだけ薬液が飛ぶ。
 うっとりと満足そうにそれを眺めて、ジュードは目の前に繋がれた青年の前にしゃがみ込んだ。
「ねえ、アルヴィン。今日はね……」
 一日にあった事を話しながら、シャツのまくられた腕を取って、消毒液をつけた脱脂綿を滑らせる。
 肌を撫でたアルコールが空気にあたり、ひんやりと感じるそこにアルヴィンはただ目を向けるだけだった。
 さすが医学生だったと称賛したいほどの、手慣れたジュードの手つきで細い注射針が肌に突き立てられる。
 ここ最近で幾度となく体験した痛みが酷く甘く感じられるのは、もう戻れない証拠だとアルヴィンは心中で笑った。
 ゆっくりと薬液をアルヴィンの中に流し込むと、手早く針を抜いて作業用の机の上に注射器を戻す。金属の皿に注射器が乾いた音をたてて放られるのを見ていたアルヴィンは、小さく息を吐いた。
 されるがままとなっているアルヴィンの首と左足首にはめられた枷からは鎖が伸び、部屋の隅に繋がっている。
 閉じ込めて、マットとクッションに埋もれるように座った青年の膝の上に、にこにこと笑いながら戻ってきたジュードが圧し掛かった。
 広げた両腕で頭を包み込むように抱きしめて、そのまま重力にひっぱられるように二人して倒れ込む。
 柔らかいクッションのお陰で痛い思いはしなかった。
 アルヴィンはジュードを抱きしめ返そうと思って腕を上げようとしたが、意に介さず僅かに持ちあがるだけに終わってしまう。
「おい、優等生。今日は何打ったんだ」
 諦めてクッションの海に沈めば、顔を上げたジュードが年相応に無邪気な笑みを浮かべてアルヴィンの目蓋に口付けた。
「なんだと思う?」
「おいおい、訊いてるのはこっちなんだけど」
 困ったように笑えば、ジュードの手が頬を撫でた。
 ぴったりとくっつけるように乗った体は、苦しいほど重くはないが、それでもしっかりと彼の存在感を主張している。
「今日はね、弛緩剤だから、アルヴィンはしばらく動けないよ」
「あらら、おたく、俺を薬漬けにしたいんですか」
「違うよ。だから毎回変えてるでしょ? ちゃんと体に後遺症のこさないように、中毒にならないように、安全なもの選んでるんだからね」
 むくれたジュードは、呼吸に上下する広い胸の上に顔を横たえ、ゆっくりと目を閉じる。
「それはそれは、なんとも寛大な配慮だな。ついでにこの鎖も取ってくれたら、もっといいんだけど」
「それは駄目。だってアルヴィン、またどっか行っちゃうでしょ? 帰ってこなくなっちゃうでしょ?」
 頬をに当てられていたジュードの指が滑って、愛しそうに鎖が伸びた首輪を撫でる。革でできたそれは、僅かに湿り気を帯びている気がした。
「……まあ、ジュード君が望むなら、ここで飼殺しにされてもいいけどな」
「僕、アルヴィンのこと大切にするよ? だって大好きだもん」
 体を起こし、笑ったジュードの顔が眩しくて、アルヴィンは目を細めた。
 余りにも晴れやかなその顔が、この現実の部屋と不釣り合いで、胸が痛んだ。
「僕はアルヴィンがいればそれでいいよ。でもアルヴィンは僕だけじゃ満足してくれない。僕以外にも、たくさん、たくさん、愛しいものがあるんでしょ」
 そんなことはない、と、アルヴィンは口に出す事ができなかった。言ったとしてもこの少年はそれを信じてはくれないだろう。
 ジュードは確かに、アルヴィンを愛している。しかしそこに信用という言葉は存在しない。
「好き、好きだよ、アルヴィン。何回裏切られたって、大好きなんだ」
 笑うジュードの顔に寂しさが見えて、今すぐにでも抱きしめてやりたいと思うのに、打たれた薬で未だ体の自由がきかない。それが酷くもどかしかった。
「俺だって、ジュードが一番愛しいよ」
 言葉だけではジュードは信じない。それでも自由の利かない体では、それしか彼にこの想いを伝える手段がない。いくらそれが本心であっても、届かなければ意味がないとわかっている。
 こんな風に閉じ込められ、何度薬を打たれて無体な扱いを受けようとも、アルヴィンはジュードを疎ましく思う事も、嫌う事もできなかった。
 それどころか、こうした行為でジュードが自分だけを見ているのだと思うと、いっそ晴れやかなほど心地がいい。
 例え、一心に向けられる愛がどこまで歪んでいようとも。
 それにこれは合意の上になりたつ関係だ。
 アルヴィンが本気でこの状態を抜け出そうと思えば、この身を繋ぐ鎖も枷も、簡単に外すことができる。それでもそうしないのは、ひとえに愛しさからだろう。
「アルヴィンは嘘つきだ。本当は僕の事なんて、好きじゃないくせに。でも、いいんだ。嘘でもいいよ。だって、ここにいる間は僕がアルヴィンの絶対になれるんだもん」
 稚拙で幼稚な考え。それでもこの鎖で満足しているジュードを見ているだけで、アルヴィンはどこか満たされるような気分になる。
 いくらジュードに向かって愛を囁いても、それはもう届かない。自分勝手に何度も彼の心を傷つけた代償だ。
 それなら、今度はジュードが満足するまで、付き合えばいい。それが愛しい少年を歪めたことへの罪滅ぼしであり、アルヴィンの精一杯の愛し方だった。
「なあ、ジュード」
「ん?」
「愛してる」
「……うん」
 掛けられた言葉に笑って、ジュードは動けないアルヴィンの唇に自分のそれを重ね合わせる。
 しばらく触れるだけのキスから顔を上げると、蜂蜜色の瞳を細めて、ジュードは笑んだ唇を震わせた。


「ウソツキ」


 締め切られた部屋の中に、鎖が鈍い音を立てた。
作品名:鎖【アルジュ】 作家名:いおろい