平行移動するエレベーター
街灯なんてないわけで、下手したら隣にいる人間の表情すらわからない。
それがなんとかわかるのは、俺がいつもいつもこいつの事を見ていて、
なんとなく雰囲気で表情がわかるようになっていたからかもしれない。
「明日は久々の休みだねー」
「あー、そういや休みか」
鞄をぱたぱた、少し跳ねさせながら松野は歩く。その後ろ姿はなんだかいつもより軽い。
明日は学校の都合とかなんとかで部活がないからなのかなんなのか、とりあえず上機嫌のようだった。
「なにしよっか?」
「俺に聞くなよ」
にこにこ笑う松野と、彼のストライプの帽子と、どこか垢抜けた自分。
足音と話し声しか聞こえない、真っ暗の帰り道は深かった。漂う闇が纏わり付くように感じる。
目線を少し落とせば松野の帽子。多分、一歩離れれば見えなくなる。
「えー、半田ー、どっか遊びに行こうよ」
「はあ? なんで俺?」
「半田がいいから」
「意味わかんねえ」
彼が自分を誘うというのは些か解せなかった。
彼はかつて、学校で“運動部荒らし”と呼ばれていた。風のように入ってなんでも器用にこなし、また風のように去っていく。
そんな彼の事を妬むというか、良く思っていない人間は少なくないわけだが、それ以上に彼には人望があった。
それは彼が結構な時間をかけて作ってきたものであり、その中には意外と仲の良い人間も多い。
わざわざ自分などを誘わなくても、遊びに行くような人間なんて両手の指は軽くいるはずなのだ。なのになぜ自分なのか。
「誰か別の奴誘ばいいじゃん」
「半田が良いんだってば!」
同じようなやりとりを二、三回したような気がする。そうこうしている間に分かれ道だった。
「で、明日九時半に駅前だからね!」
「え、だから」
来ないと明後日覚えときなよー!、と言いながら松野は走っていった。
ぴょこぴょこ跳ねる鞄と帽子があっという間に見えなくなって、向こうに消えた。
こちらが何か言う暇なんてなかった。
つまり、言い逃げされた。
「ちょ…」
行かないわけには、いかなくなってしまった。
しばらく松野が消えた道を見ていたが、当然の如く何が見えるわけでもないのですぐに飽きて歩きだす。
小さな溜息をつきつつ、でも明日何を着るかなんて考え出している俺は、きっとどこかおかしいのだろう。
作品名:平行移動するエレベーター 作家名:ろむせん