動き出した時間
「うん、ありがとう・・・でも、今日は帰る。明日みんな連れて行くね?」
「うん、わかった。じゃ、待ってるよ」
心配かけちゃったから一度家に帰るという咲を、俺は家の近くまでビッグスクーターで送り届けた。最後に「本当にいいの?」なんて、いわずもがなのことを聞いてしまった。
本当は俺が、あのまま咲といっしょに豊洲の家へ行きたかったんだ、まっすぐ。
咲を離したくなかった。もっと、いろいろ話をして、そして・・・もっと咲と近づきたかった。下心とかそういうのではなくて。俺は咲と、もっと近づきたかったんだ。
記憶のない俺だけど。
咲と会って、咲の話を聞いて。
俺は自分が今ここに存在している意味みたいなものがわかったと思ったんだ。
俺がヘンテコな携帯を持っている意味も。
なぜ、昔の自分が、自ら記憶を消さなけりゃならなかったのか、よくわからないけど。
まっさらな俺になって、もう一度生き直す、咲と生き直すチャンスが与えられたんだって。今はそう思ってる。
運命なんて、信じてないけど。運命論者でもないけど。
物事には理由があるって、そう思うんだ。
この世界で起こる出来事には、何かの意味があるって、そう思うんだ。
止まっていた俺の時間が、流れるべき方向へ、進むべき方向へ、動き始めたって思うんだ。
(咲がいてくれたからだよ・・・)
咲。
俺は君の代わりなら、なんだって背負えるよ。
だから、心配せずに、ずっと側で笑っていてほしいんだ。
もう二度と、もう誰にも、君の心にあんな傷はつけさせないよ。
それでも、もし、辛いことがあったら。悲しいことがあったら。
一番に思い出すのは俺にして。
いつだって飛んでくよ。
(咲。待ってるよ)
俺は豊洲へ戻る道で、さっきの口づけの感触を思い出していた。