My Nova
「咲?」
「滝沢くん?」
「ごめん、俺、いままで電話できなくて・・・」
「ううん、いいの、それより、滝沢くんのお母さんをみつけたよ」
「えっ?ホント?」
咲は岩下あやという女性を見つけた経緯を滝沢に説明した。そして彼が飯沼議員の子供らしいことも。母親と飯沼議員の出会いはニューヨークだったらしいことも。
滝沢は咲の話を聞きながら、心のどこかにしまいこまれていた記憶にさっと日が当たるように、飯沼と初めて会ったときの場面を思い出した。
(そう、ニューヨークの映画館で・・・スナック売り場で、お袋といて・・・飯沼議員は俺に手をさし出してきた・・・)
まるで霧が晴れるように、過去の日々が滝沢の頭の中に現れてきた。飯沼さんは俺の面倒をみてくれて、学費も出してくれて・・・でも、俺は中学でた後独立して、新聞配達して高校いってた・・・・。
滝沢が失ったと思っていた過去、時間が、再び戻ってきた。でも、母親に対するうらみも、飯沼にたいするわだかまりも、何も感じなかった。新聞配達の苦学生の日々にも辛さなんて何にもまとわりついていなかった。ただ、昔見たなつかしい映画のように、早回しされているフィルムのように、滝沢の脳裏を流れていった。
それよりも・・・。そんな滝沢の過去をみつけてくれたやさしい笑顔が、滝沢の心の中心にあった。あたたかく微笑む人が、光につつまれて滝沢の心の真ん中にいた。
(咲・・・)
咲という存在が俺の核で。その光を受けて、俺の過去はある。俺の今も。未来も。咲が光をあててくれてる。
(咲に会いたい!)
滝沢は咲の顔をたまらなく見たくなって聞く。
「それで、咲はいま、どこにいるの?」
「うん、玄関の前だよ。平澤くんたちと一緒にいる」
「えっ?すぐ近くにいるの?」
滝沢は携帯を持ったまま、バルコニーへ出ていった。
咲の顔が見える。心配そうな顔で、携帯を耳にあてている。咲の姿を見ると、滝沢の胸にあたたかい泉がほとばしったように、満たされていった。
「見えたよ、さ、き。」
「え?」
滝沢はバルコニーから咲に片手を振った。
咲がほっとしたような顔で彼を見上げる。
「咲。咲のおかげで、いろいろ思い出せたよ。俺にもさ、過去があったんだね。俺にも、今まで過ごしてきた時間がちゃんとあったんだよ。安心した。ありがとう・・・咲」
「滝沢くん・・・」
咲は泣きそうな顔でこちらを見上げている。
本当はもっといろいろ咲と話したい。いますぐ、咲のところへ行って抱きしめたい。そのぬくもりをこの腕で感じたい。でも、俺はまだ物部と話をつけなきゃならない。
「咲、もう少し待ってて?俺、咲のやさしさに応えたいから・・・。俺ができることをやらなきゃいけないから・・・」
「滝沢くん・・・」
二人はバルコニーの上と下で、じっとお互いを見つめた。二人の瞳にはお互いへの想いが溢れていた。
(咲・・・アイシテル)
滝沢は心の中で、咲への気持ちを言葉に変える。本当はそう咲に今すぐ言いたい。この場で伝えたい。バルコニーから大声で咲にむかってそう叫びたい。咲が自分にとって、どれほど大切な存在か、咲が自分を信じてくれていることに、半年間自分を探し続けてくれたことに、どれほど感謝しているか。半年前の俺も、咲をこんなにも愛していたんだね。
でも、まだやらなきゃいけないことがあるから。俺に配られたカードを、俺はまだ使いきってないから。この、ふざけたゲームを終わらせるために、俺は最大限、俺の持っているカードを使ってみせる。
「さ、き。」
その名前にすべての気持ちを込めた。
「俺、決着つけてくる。また、後でね」
「うん・・・気をつけてね・・・」
滝沢はもう一度咲に笑顔で手をふって、バルコニーから書斎へ戻っていった。書斎には物部が待っている。
(決着をつけてやる。みんなのために。咲のためにも。)
滝沢は物部の真正面に立った。