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Feels Good

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突然、一日完全休暇を言い渡された。本当に突然だったので気が抜けた。
遊びに行こうかとも考えたが、こんな時間から、それも明日にだなんて友達もつかまりそうにない。

(じゃあ、それこそ体を休めるってことで)
 鳳長太郎は、着替えを始めた。
「お前、明日空いてるか」
 左から声がする。空いてるか、と言われても。ついさっき空いたばかりだ。一日持て余しそうなくらい、ヒマそうに見えるのか、俺って。やっぱり。

「な、なんでしょうか」
声の主が宍戸だったことから、もしや明日も練習に付き合うことを頼まれるのでは、と鳳は身構えた。まあ、それもいいや。
「俺、シューズ欲しいんだけど」
「はい?」
「買いに行くからついて来てくれ」
「俺が?」
「そう」
想像外の答えだった。しかし、名指しでお供を頼まれた。気分いい。
「お前、ヒマそうだからな」
なんだ。
「ヒマそうな先輩なら他にもいるでしょう」
「いや、俺好きなんだ…その」
「え」
「お前着てる私服の趣味とか」
「あー」
つまり、選ぶ時一緒に見て欲しいということか。それでも認められたことには変わりないので、鳳は気を取り直した。

話しつづける二人をよそに、他の部員は次々と出て行く。
「おい、あんまりハメ外すなよ」
跡部が帰りがけに言った。
ハメ外すってどういう意味だ。鳳は首を傾げた。

「で、どこ行きますか」
「あ、行ってくれんの。池袋の丸井のフィールド」
「フィールドなら新宿の方がいいんじゃないですか」
「俺、新宿は迷うからな…」
「…そうですか」
俺もだ。鳳は思った。

延々と地下道を歩いて、店の扉を開けた。
シューズ売り場は、クリアのプラスチック棚が天井まで延びていた。あらゆる種類のスニーカーが棚に収まっている。
宍戸は、別にテニスシューズを求めていたわけではなかった。
「なんか、普通に履くやつ欲しいんだよ」
 上の棚まで見渡そうとする。宍戸の首筋が伸びる。鳳もつられて顔を上げた。
「あ、あれいいと思います」
鳳は少し高い所にあるスニーカーを指差した。
「どれ?」
「あの、あれ。アディダスのやつ」
「ああ」
宍戸は手を伸ばしたが、指先が触っただけでスニーカーを掴むことが出来ない。
鳳は何の気なしにそのスニーカーを取り、宍戸に渡した。
「はい」
その時、一瞬宍戸に睨まれた気がした。
(あ)
しまった。なんか怒らせたかも。
しかし、宍戸は短く礼を言っただけだった。
「あんがと」
結局試着してすぐ、宍戸はそのスニーカーに決めてしまった。用事が済んだ。

山手線に乗る。陽射しが強く落ちてくる。宍戸と鳳は並んで座った。
「ちょっと寝る」
宍戸はすぐに眠ってしまった。そんなに乗ってる時間ないんだけどなあ。鳳はしかし、自分の左肩へ凭れかかって来る先輩を除けたりは出来なかった。

「悪いけど、まだ寝る…」
やっと宍戸が目を覚ましたので、鳳は電車が停車している駅を教えようとした。しかし、話し掛ける間もなく宍戸は再び眠り込む。

朝練のために早く起きて、二度寝しそうになった時。目を付けられている教師の授業で、居眠りをしないように力いっぱい前方を見つめつづけている時。日が昇っている時に覚える眠気と、それに従う事は大抵ろくな結果を招かない。
でも少なくとも今は違っていた。咎めるものはいないし、暖かいし、何よりこの頭が乗っている肩が申し分なく具合がいい。
(あー気持ちいい…)
宍戸の眠りは深い。

二度目に起きた。 
「あー…おはよ」
「あーじゃないですよ…もう山手線三周目の旅ですよ。暗くなってきちゃったし」
「次、どこ?」
「こ・ま・ご・め!また池袋着いちゃいますよ!」
「お、あれ…」
「?」
宍戸は前方の窓を小さく指差した。

電車は丁度ホームに滑り込んだ所だった。
駅へ向って、丘が下っている。そこへ、一面のつつじが植えられていた。何度も通り過ぎたはずなのに今まで気付かなかった。
柔らかいライトアップのせいで、夜になると一際目立つ。幻想的である。他の乗客で、目を瞠っている者も少なくなかった。

「キレーだなー…あれ」
「…」
鳳は、なんだか何も言う気がしなくなった。近頃聞く宍戸の声と言えば、怒気を帯びていたり、あるいは切羽詰った感じを含んだものばかりだった。
今は、寝起きで、それにぼうっとしている(それも美しい物に対して!)宍戸の声が新鮮だった。

鳳はその顔を見ていたが、見られている本人は、電車が再び発車しても斜面のつつじを目で追っていた。
「宍戸さん、寝惚けてますか?」
なんて言えばいいのかなあ。こういうのは、なんて言うのかな。
「いや、起きてるぞ」
宍戸は振り向いて、目を瞬かせて言った。
…違うな。絶対に寝惚けてる。鳳は吹き出した。
鳳は両手で、宍戸の短い髪の毛をかき回した。
ちくしょう、バッキャロー大好きだ。

翌日、練習へ宍戸は清々した顔をして現れた。
「調子よさそうですね」
鳳は、腕を回しながら聞いた。
「あーなんかスッキリしててさ」
まあ、あれだけ寝ればそりゃ充分だと思います。今度は鳳は自分の左肩を叩いた。

「なー橘ってさ」
二人はベンチに座った。宍戸は急に話題を変える。
「不動峰の?」
「うん」
「それがどうしました?」
「どう思う?」
どう思う、って。「あなたより強いです」とか言えばいいのか。
宍戸の橘に対する敵意は明確だ。自分は、何か言わなければならない。とっさに鳳は思った。
「宍戸さん!」
「な、なんだ」
「例えば~宍戸さんがテニスを引退したとします」
「おう」
「それからどこがどう間違ってか、宍戸さんが年商五十億の会社社長になったとします」
「ああ?」
「その会社に橘が入社してきたとしたら!その時は顎でコキ使ってやればいいんですよ!」
「…?」
(あれ?)
勢いに任せて、さすがに例えが極端すぎたか?しかもちょっと脈絡なかったし。そう考えて、鳳は宍戸に続いて黙ってしまった。

「長太郎、お前…」
「え、あの…」
「お前…頭いいな!!」
(あ、なんだ…) 鳳は肩の力が抜けるのを感じた。あんな励ましでも宍戸は納得したのだろうか、晴れ晴れとした表情を見せて立ち上がり、コートへ向かった。
ラケットを両手で握り、右側の腰を伸ばす。続いて左側。
「うーん、そうか。テニス出来なくなっても」
宍戸は歩きながら、鳳に背を向けたまま呟く。
「それからの時間の方が長いんだろうな~…」

…またバカなこと考えてる。そういう深刻な顔じゃなく、平気で笑っている顔を見ていたい。
鳳は、自分の望みを見出した。立ち上がって宍戸の後を追った。
 
…あなたは、つまんないことなんか何も気にする必要はないから。
作品名:Feels Good 作家名:りょくや