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ハッピーライフ

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「浜田君、田島君、あの時はほんとーーーーにお世話になりました!」

 9組の教室は昼休みのせいか人はまばらで、思ったよりも私の声は教室に響いていた。慌てて小さな声で言い直すも、向かいにいた浜田君や田島君は大笑いで、三橋君だけが私を慰めてくれる。このまま立っていたらめだって仕方がない。お昼休みも半ばをすぎた為か、はたまた彼らの弁当を食べるスピードが速いのか。机の上に広げられた弁当箱は、殆どどころかまったく残っていなかった。私は一つだけぽつんと空いた席へと向かってそこに腰掛けると、この席にいたであろう人物の行方を回りにうかがう。

「そういえば、泉は?」
「ジュース買いに行ったー」
「め、めず、らしい、よ!」
「ジャンケンで負けたんだよ」

 返ってきた返事に「フーン」なんて相槌を打ちながら考える。今話題に出てきた男、泉孝介というのは私の付き合っている彼氏である。恥ずかしがりという訳じゃないんだけど、あんまり普段からそういうコトとか口に出したりしないタイプ。そして目の前にいる皆と一緒にすごく真剣に野球をしている。そんな泉はとってもかっこよくて自慢の彼氏だ。けれどもそれだけに私は不安になって、この間大喧嘩してしまった。


「ちゃんと仲直り出来たんだな」
「ん。というか、私が一方的に不安になってただけなんだけどね」

 考えていたことが顔に出たのか、浜田君が柔らかな笑みを見せながら問いかけてくる。彼が年上だと痛感するのはこういう時だ。見守るような、そんな表情というか…優しさが伝わってくる。肩を竦めておどけたように付け足すと、横からチャチャが入った。
 
「変な顔してたもんなー」
「うっさいよ、田島君」

 カラッとした笑みでそう言われると、苛立ちは皆無なんだけども。それでも私はちょっとムッとしたような顔を作りながらも、笑って軽口をかえす。そうすると田島君も浜田君も声を立てて笑い、私もそれにつられるように笑った。その時、不意に言葉が飛び込んでくる。

「あっ、の、か、わいい、と、思う…よっ!」

 三橋君の言葉に、私だけでなく浜田君や田島君も一斉に三橋君を見つめた。純粋そうな彼の言葉には深い意味などないだろう。田島君とのやり取りで眉を寄せた私の様子に、きっと心配して気を使ってくれたのだと思う。私は真っ赤になっておろおろとする三橋君に、笑顔でありがとうを伝えた。感慨深そうに頷く浜田君はどこかオジサンくさい…なんてコトは流石に口に出してはいえないけれど。

「おー、遠野はかわいいよなー」
「は?田島君何言ってんの?」
「かわいいかわいい」
「浜田君までからかわないでよ」

 便乗するかの如くからかうように褒めてくる二人に、肩を落しながらうんざりとした表情で突っ込みを入れると、三橋君が気をつかってか、顔を赤くしながらも本当だよって言ってくれた。この中で唯一の癒しだと思う。笑いかけると、照れながらもこちらへと笑いかけてくれる三橋君はとってもかわいい。私はポケットから飴玉を三つ取り出すと「手を出して」と言い、差し出されたそれぞれの手の平の上へ、一つずつ小さな袋にはいった飴玉を乗せた。

「すごいささやかなお礼だけど、あげる」
「サンキュー!」
「おー、ありがとー」

 飴玉一つだというのに、二人はにこやかな笑みで受け取ってくれる。もちろん、飴玉は三橋君にも渡した。彼は自分の手のひらにある飴玉と、私とを交互に見ては口をパクパクと動かしていて、その動作がまた彼らしくなんだか微笑ましい。

「あっ、あ、あのっ!オ、オレ…っ!」
「三橋君も心配してくれたでしょ?」
「っ!…う、うんっ!」
 
 首を一生懸命振ってくれた三橋君に、私は更に笑みを深める。やっぱり三橋君は癒し系だ。田島君が三橋君に「よかったな」なんて言ってたけども、私の方が嬉しい事だと思う。横で浜田君が腕を組んで「青春だなー」なんて呟いてて、やっぱり彼はおじさんくさいなと思った。もちろん、口には出していわないけれど。

「なー、遠野」
「どうしたの、田島君」

 和やかな笑いの中、声をかけられて田島君のほうへと向くと、彼はまるでいたずらっ子が浮かべるようなニッという笑顔を見せた。何事かわからずに私は首をかしげてみるも、田島君はじろじろとこちらを見るばかり。私はその視線に耐えられず、とうとう理由をうながしてしまった。

「な、何よ?」
「もー、大丈夫そーだな!」

 田島君は満面の笑みでそう言った。流石に意味がわからない。思わず気の抜けたような変な声が出てしまう。

「…へ?」
「オレさ、思うんだけどさー」

 笑顔から一転、少し真顔になった田島君は私を見つめたまま机に肩肘を突いて、その手に自分の顎を乗せて話を続ける。三橋君も浜田君も私も少し驚いた様子で、神妙というわけではないがなんとなく背筋を伸ばし田島君の言葉を待つ。

「遠野はオレを好きになっとくべきだと思うんだよねー」

 「は?」という言葉は私が言ったのか浜田君が言ったのか。あまりにもびっくりして田島君をまじまじと凝視してしまった。そうこうしているうちに浜田君は、どこか遠慮がちに田島君が言った言葉の意味を追求する。

「た、田島…それ、どういう意味?」
「そのまんまじゃーん!泉は確かにイイヤツだけどさ。オレにしとけば泣かさねーもん」
「……えーっと」

 突然の言葉に正直頭がついていかない。多分ここにいる皆もそうなんだと思う。よく見てみれば三橋君は赤くなったり青くなったりしてるし、浜田君はどうしようかとか色々考えてるせいか目が泳いでいた。しかしそんな私たちをよそに田島君は言葉を続ける。

「オレ、遠野を幸せにするよ?ゲンミツに」

 これは本気で言っているのだろうか。事前に見ていた彼の視線、もう大丈夫そうだなという言葉から推測すれば、冗談だとは思うんだけれど、田島君の瞳はどこか真剣さを含んでいて笑い飛ばすには何故か躊躇われた。

「オイ、人の彼女口説くなっつーの」
「いいタイミングじゃん」
「泉…!」

 田島君の頭を軽くペットボトルで叩いてから、手に抱えたペットボトルの山をそれぞれに渡す泉の姿にほっとする。私は席を譲ろうと立ち上がると、泉は遠慮なくその席へと腰掛けた。なんとなしに見つめていた泉の、手に持っていた紙パックのジュースが私のほうへと差し出される。戸惑いながらも受け取ると、彼はもう一つ持っていたペットボトルのキャップを開けた。

「…泉?」
「やるよ」

 短くそれだけ言うと泉はぐびぐびとペットボトルを呷り喉を潤す。もらったパックと泉を交互に見てから私は笑顔でお礼を言った。
 田島君の言葉に他意があろうとなかろうと、私は泉が好きで、それは変らない。

「彼方ー!」
「はいはーい、今行くー!」

 教室の扉から顔だけ覗かせている親友の瑞希に声をかけられて、私は慌ててそちらを向くとやや声を大きくしてそう答える。皆に挨拶をしてから扉のほうへと向かって走り出すも、数歩進んだところで足を止めた。
 ちゃんと言葉にしないと伝わらない。それはこの間の喧嘩で改めて気づいたコトだ。

「田島君」
「ん!何?」
「私、今幸せなんだ」
「そっか!よかったなー」
「ん、ありがと!」
作品名:ハッピーライフ 作家名:ank